第10話 悪夢・・・森

 パン焼窯が爆発する事件のあった翌日。原因と思われたことを、執事が御屋敷の使用人を集めて説明していた。ちゃんとした原因があって、決して「呪い」などではないとするためだ。

 その場で、不意に頭がクラっとして別の光景が見えた。



 ・・・薄暗い森の中?

 朝焼けの空に照らされた森が少しずつ樹木の緑を反射させる。

 遠くから声が聞こえる。そして・・・少しずつ近づいて来るのがわかる。

「いたぞ、こっちだ!」

 近づいて来る男たちの声に、微かに安堵をおぼえた。

(・・・やっと、帰れるんだ)

 男たちの腕が、自分の身体を抱き起こしてくれた。長い髪が顔の前に被さって、視界を遮る。全身に力が入らず、ガクリと俯いてしまう。

 引き裂かれた衣服と、そこから覗く素肌には無数の引っ掻き傷・・・地面についた白い足は、内股から流れた鮮血が滴っているのが見えた。


「・・・ちくしょう!」


「魔物め!」


 憤怒と絶望と悔恨の入り交じった声が耳に届く。

(わたし、大丈夫だから)

 そう言おうとしたが、口が動かない。喉から声を絞り出す力もない。

 不思議と痛みは感じなかった。けれど、身体は重い。意識が遠のいて行くのが心地よかった・・・そのまま闇に意識を沈めてしまった



「ラゲルナ殿!」


 耳元に響いた執事の大声に、ようやく意識がはっきりした。いつの間にか、わたしは膝をついて蹲っていたらしい。執事と数人のメイドが、わたしを取り囲んでいた。


「大丈夫です」


 意識がはっきりすれば普通に立ち上がれる。執事に謝罪をして、パン焼窯爆発の件に関する話を続けて貰う。

(あれは何だったんろう?)

 軽く意識を失って夢を見たんだろうが・・・それにしても、変な夢だった。



 爆発の原因は、釜に焼べた薪に木炭が混じったせいだろうと推測された。

 御屋敷の北側には鍛冶場があって、銅や鉄を加工している。銅や鉄を溶かしたり焼き付けたりには、非常に高い温度が必要なので木炭で火をおこすが、食事作りはそんな高温は使わないで薪でおこす。

 厨房用の薪の中に鍛冶場用の木炭が混じってしまい、木炭の扱いに慣れていない料理人が、水で濡れた木炭を釜に焼べてしまったのではないか。

 実際に、鍛冶場の倉庫の雨漏りで濡れた木炭を、薪置き場の側で乾かしていたらしい。料理人が薪に混じって運んでしまった可能性はある。

 木炭に慣れた鍛治師によれば、濡れた木炭は、火の入れ方を間違えると爆発することもあると言う。



 不吉な噂を払拭したかったのだが、一方で、爆発の少し前に白い影が厨房に入るのを見たと言い張るメイドもいた。

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