第9話 異形の身体

 パン焼窯釜の爆発のせいで、夕食の支度が遅れていた。右往左往している厨房で、わたしは二人分の料理を取り分けて西の森へ向かうことにする。



 わたしが森番小屋に入ると、ノアールはボロボロの毛布にくるまって眠っていた。

 脱いだローブが側に置かれている。どうやら、このローブの下は裸身でいるらしい。

(人間の裸とは違うんだろうけど・・・)

 右手の鋭い鉤爪が脳裏を過る。衣服を着たらすぐボロボロだろう。

(自分の身体に合う服くらい魔法で出せないんだろうか?)

 お嬢様の言う通りの魔法使いなら、こんな苦労しないんだろうと思った。

 眠っているノアールを起こそうと身体を揺さぶろうとして・・・昼間の衝撃と激痛を思い出した。伸ばした腕を、思わず引っ込めてしまった。


「ノアール!」


 触れることに躊躇して、耳元で名前を呼ふ。

 すぐに切れ長の双眸が開いた。射干玉ぬばたま色の眸が、わたしに向く。そして、白い顔に魅惑的な笑顔が浮かぶ。



「遅れてごめんね。食事と着替えを持ってきたわ」


「お気遣い、ありがとうございます」


 毛布から身を起こしたノアールの身体は、普通の女の身体だった。しかし・・・左足には鱗状の触手のようなものが巻き付いている。

 この、異形の右手と左足を人目から隠すために、上下の繋がった緩いローブを羽織っているのだろう。


「こんな汚い毛布に包まらなくて良かったろうに」


 先に食事をするつもりだった。けれど、ボロボロの毛布に包まっていたノアールが何となく不憫に思えてしまい、先にベッドのシーツと毛布を持ってきた新しいものに取り替える作業をする。


「懐かしい気持ちになったので、つい・・・」


「懐かしい?」


「生まれる前の記憶なんですが・・・こんな毛布で寝ていたんです」


「生まれる・・・前?」


「はい。だから、きっとと言う方の記憶だと思います」


「母って・・・。お母さんって言うのは、お腹から自分を産んでくれた女のことだよ。あんたの場合はさ、森のから生まれたんじゃないの?」


「いいえ。わたしだって、女の人のお腹から生まれたんですよ」


 ノアールの顔から微笑みが消え、妙に真面目な表情のまま顔を近づけてきた。


「?」


 こつん・・・と、わたしの額にノアールの額がぶつかる。そして離れると、いつもの子供のような笑顔に戻った。


「妾の記憶を少し・・・あなたに差し上げました。妾のこと、もっと知って下さいね」


 また、意味の分からないことを言い出す。

 そんなことよりも、わたしには頭痛のタネが増えている。この異形の魔法使いを、お嬢様に引き合わせてもいいのだろう?

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