第8話 呪いの紅玉

 御屋敷に戻ると、使用人たちが大混乱していた。パンを焼こうとして、パン焼窯釜が爆発したと言う。怪我人は一人だけ・・・近くにいた料理人が軽い火傷を負っただけですんだ。不幸中の幸いと言えるのだが、なぜパン焼窯釜が爆発するんだ?

 どうにも不吉なことが続いて厭な気分になる。

 それでも大事に至らなかったことに安堵するも、何やら視線が冷たいことに気付いた。他の使用人たちが、わたしと目を合わせないようにしている。


「ラゲルナ様、お嬢様がお呼びです」


 ノアールを取り次いでくれた執事が近寄ってきて、伝言を伝えてくれる。それから、辺りに他人がいないことを確認してから「指輪を持った女が御屋敷を訪ねてきたのを、お嬢様に告げ口した者がいる」と教えてくれた。

 と言うことは、呼び出しの理由はノアールのことだろう。



 お嬢様の部屋に行くと、クレアと言う女性に迎えられた。お嬢様付きメイドのシャーロットが病気で休んでいるので、その代わりを務めているメイドだ。

 儀礼的な挨拶を省いて、すぐに本題に入った。


「あの方が、御屋敷に来られたのではありませんか?」


「はい」


 もう隠しても仕方ない。ノアールにも「取り次ぐ」と約束してきた。渡された指輪をお嬢様に返して「呪いの紅玉ルビー」の話を切り出した。


「そうでしたか・・・これを、お望みなんですね」


 お嬢様は胸元の紅玉ルビーを右手で握りしめて、独り言のように呟いた。


「でも、これは差し上げられません。お母様の形見ですから」



 この紅玉ルビーの首飾りは、領主レイドリク伯の戦での戦利品だと聞いている。ある街を略奪し手に入れた首飾りを、レイドリク伯が奥方に贈り、奥方の死後、今はお嬢様の元にある。

 レイドリク伯が、この首飾りを手にした経緯は知らない。だが、首飾りを手にしてから奥方が急に体調を崩されたので、使用人の間で不吉なものと噂された。お嬢様もその噂はご存じで、その上で形見として受け継いだ。


「呪いに関わるものを欲しがるなんて・・・あの方は魔法使いなのですね」


 ニッコリと微笑みながら、お嬢様はノアールを魔法使いに決めてしまった。本気か冗談か分からないうちに、不意な問いを投げかけられてしまう


「魔法使いは、どう持て成せばいいのでしょう?」


「あ・・・仲良しになりたい、と言ってましたが・・・」


 思わず変なことを口走ってしまった。いや、嘘は言っていないのだが・・・。


「まあ!」


 お嬢様は、目を丸くして驚かれた。


「では、是非とも遊び来て頂かないとなりませんね」


 一瞬・・・ノアールとお嬢様が、似ているような気がしてしまった。

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