第7話 ノアール

「あんたのことは、何て呼べばいいの?」


「はい?」


 は怪訝な顔をして、わたしの方を見た。


、と呼んで下さってるじゃないですか」


「そうじゃなくて、あんたの名前だよ!」


 わたしの問いに、困惑した顔で宙を見る。小さく首をかしげながら、必死に何かを思い出そうとしているようだ。の真剣な顔つきは、初めて見たかも知れない。


「わかった。じゃあ、あんたのことはノアールって呼ぶよ」


 ノアール・・・「黒」と言う意味だ。には相応しい名前だろう。


「ノアール・・・わたしの、名前ですか?」


 酷く驚いた顔をして、わたしを見つめている。

 ・・・いや。気に入らないなら、あんたの言う名前で呼ぶよ。

 そう言おうとしたとした刹那!


「ありがとうございます!あなたは、妾の名付け親になって下さったんですね」


「・・・え?」


 ローブから伸ばした両手が、しっかりとわたしの右手を握っていた。


「ノアール。この名前、大事にします!」


 美しい女の・・・無防備すぎる笑顔が、ノアールに貌に浮かんだ。男でなくとも、向けれた者が皆赤面してしまうほどに魅力的だろう。それが、人間のものであるなら。


「!」


 わたしの右手を握っている両手が、大きく上下に振れている。主人に纏わり付く犬の尻尾よう・・・子供みたいに無邪気にはしゃいでいるに違いない。

 けれど、わたしの背筋は冷たく凍っていた。

 ノアールの手は、左手こそ人間のそれと同じだが、右手には猛禽類のような鋭い鉤爪が伸びていた。

 お嬢様を襲った野盗の胸にあった傷・・・それは、この鉤爪によるものだったんだ。

 ・・・やっぱり、ノアールは人間じゃない。



 ノアールは、左手の人差し指と親指で指輪を摘まんで差し出した。


「あなたに会えたんだから、もうこれは必要ありません」


 わたしはノアールに「お嬢様への取り次ぎ」を約束して、御屋敷から西にある森へ案内することにした。そこには御屋敷が管理する森番小屋がある。寝泊まりする設備は揃っているはずだった。

 御屋敷の近くの宿屋に、わたしの名前で部屋を取ることも考えたが・・・この右手を見たら、やはり他人の目のあるところにはおいておけないと思えた。

 森番小屋は、思ってよりは荒れていなかったが埃に塗れている。ベッドのシーツも汚れてボロボロだった。


「後で食事を届けにくるから、ここで待っていて。その時に替えのシーツや衣服も持ってくるよ。それまで少し我慢してね」


「はい」


 ノアールは、素直に返事をした。子供ような可愛い笑顔で。

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