第5話 不気味な噂

 それから数日の間は、何事もなく過ぎた。

 いや、決して平穏だったとは言いがたい。お嬢様付きのメイドであるシャーロットが体調を崩して寝込んでしまう。シャーロットの代わりのメイドは、仕事に不慣れで小さなミスを繰り返してしまい、御屋敷の仕事の流れが悪くなった。

 そのせいか使用人同士の関係が、妙にギスギスし始める。


 お嬢様によく懐いていた愛犬が、異様によく吠えるようになった。餌を与えても、ほとんど食べなくなってしまう。それにつられてしまったのか、お嬢様の食もめっきり細くなった。それで料理番が神経質なったせいか厨房の雰囲気も悪い。料理の味も落ちた気がする。


 御屋敷の使用人の間にも不気味な噂が拡がるようになった。

 ・・・廊下を白い何かが過ったのを見た。

 ・・・誰もいない部屋から話し声が聞こえた。

 御屋敷内の連絡事項が滞ったり、手戻りの作業が増えて・・・不注意のせいで小さな怪我をする者が増えた。

 本当に、気を引き締めないと大きな怪我に繋がるかも知れない。



 そんな時である。が御屋敷に現れたのだ。

 黒いローブに身を包んだ、あの時と同じ姿。声と顔つきから、対応した執事はを女だと思ったようだ。

 射干玉ぬばたま色の髪と眸・・・白い肌と対照的な鮮血色の唇・・・何より整った妖艶な顔立ちは、人間の女ならさぞかし魅力的だったろう。

 しかし、振る舞いはやはり奇妙だった。ローブの下から、3つのズタ袋を引き摺って御屋敷に現れたらしい。お嬢様の指輪を持っていなければ、不審な者として門前払いされていたはずだ。

 御屋敷の執事は、わたしの頼み通り、お嬢様に伝えるより先にわたしに連絡してくれた。


「約束を破って申し訳ないけど、あんたをお嬢様に会わせるつもりはないわ。これを持って、もう二度と関わらないで欲しいの」


 の前に、金貨の入った袋を差し出した。人外のものが、金貨を必要とするとは思えなかったが、他に与えられる物がない。


「さあ、お嬢様の指輪を返してちょうだい」


 は、金貨の袋を前にして逡巡しゅんじゅんしている。


「何か頂けるものがあるなら、わたしにも欲しいものがあるんです」


 その返事に、わたしは内心ホッとした。何かしらの報酬で話を付けられるならそれに越したことはないからだ。


「何が欲しいの?」


「お嬢様が身に付けていらした首飾り・・・あの紅玉ルビーを頂ければと思います。あんなに呪いのこもった呪具は、滅多にありません。あれを譲って頂けるなら大変嬉しいです」


 は、屈託ない笑顔をわたしに向けた。甘い焼き菓子に喜ぶ、子供ように純朴な笑顔だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る