第5話 逃走の少女
「はぁ……はぁ……っ!」
リル・オライオンは逃げ続けていた。そうしなければ兵士達によって捕らえられ、奴隷にされてしまうから。
勇者となってしまった兄たるルクレスを村で待ち続けていたのに、勇者の故郷となる村ならば能力値の高い人材が多く集まるとかいう理由で敵国がリル達に目を付けたのが原因。
都市より離れ、アムリタ樹林の近くで暮らしている村────しかも、敵国にとってはほどほどに近い距離にあるのだから狙われるのは当然だった。
「はぁっ……!」
魔物の足音がしても少女は構わず走り続ける。背後から兵士達に追いかけられ続けていても、前だけを見ていた。
なぜならリルの身に付けているブレスレットには『宝玉の欠片』が埋め込まれていたから。
お祖父様から受け取ったブレスレットの力をリルは信じているから。
魔物を遠ざける力を持つ、オライオン家が密かに隠し続けてきた家宝たるアクセサリー。
それのおかげで森の奥深くまで逃げ続けられた。
勇者の妹たるリルを狙う兵士達が魔物に襲われているのを遠目にここまで来れたのは、ブレスレットを残してくれたお祖父様のおかげだった。
「ゲホッ」
しかしながら、リルは村の中で兵士に襲われて怪我をしていた。
死ななければいいと命令されていたのか、森に逃げ込む前に暴力をふるわれていた。
村人は連れていかれた。
お祖父様はリルを逃がすために囮となり、死んでしまった。
リルの知っている人は皆、傷つけられた。
「だれか、たすけて……あぅっ!」
足がもつれて転んだせいか、身体に激痛が走る。目を閉じて身体を丸めても、痛みが止まる気配がない。
涙をボロボロ流したリルは、何故こうなったんだろうかと震えていた。そうしていると、強烈な青が目前に現れた。
「────!」
「ふぇ……?」
不意に目の前で、ピョンピョン飛ぶ通常より大きい蜘蛛がいたのだ。
宝玉の力が効いていないようだから魔物とは違う。でも普通の蜘蛛にも見えない。
ボロボロのリルに興味を抱いてるようで、少女の周りをくるくる走っている。
害は無いようなので、リルは落ち着いて痛みを堪え、また逃げるために立ち上がろうとした。
────そんな時、だった。
「っ!」
ガサガサと動いた草むらから出てきたのは半透明にうす黒いスライム。その体内に赤い核があって、変異種の魔物だと判断し警戒する。
「ぁれ……」
ゴホリと、喉から血が出てしまい、無意識ながらに出てきた声が不自然に途切れた。どうやら切られた時に内蔵にもダメージがいっていたようで、このままここにいたら確実に死んでしまうと分かった。
でも、立ち上がれない。目の前にいる魔物に獲物と思われている今は、少しでも動いたら殺されてしまう。
痛みに必死に声を出さないようにしながらも、リルは考え続けた。
────魔物には有効の『宝玉の欠片』が効いていないのは、何で。
強い魔物でも絶対に近づくことが出来ないはずの結界の役割も果たすのに、何故?
そう思っていたリルは、スライムの後ろからやってきた生き物に目を見開いた。
「縺?縲∝、ァ荳亥、ォ縺具シ」
「魔物……?」
これは本当に、魔物なんだろうか?
リルは死にかけていたことすら忘れて、その奇妙な声を発する真っ黒な生き物を見つめる。
激痛が走る身体より、その生き物から目が離せない。
スライムよりネバネバしていて、形が一定に保っていない。オライオン家が持つ魔物図鑑にもいない、未知の生き物。
(核が見当たらない……いや核そのものの気配はするけど……まさか、体内にあるの?)
目の前にいるなんと名前を付けていいのかわからないネバネバした生き物にあるはずのものがない。
そう────ほぼ全ての生き物にあるはずの核がないのだ。
リルの胸に埋め込まれたような形である黄金色の核と似た気配は感じるけれど、近くに変異種のスライムがいるせいだろうか。
真っ黒な生き物が明らかにこちらを見て関心を示しているのだから心はあるはずだ。
本来のスライムに核がないのは自然に発生した動く災害のようなものであり、生き物とはまた異なるから。
心が無いスライムに核がないのは当たり前。だから目の前にいる赤い核を持つスライムは突然変異によって発生した魔物。別種族となる。
(ああ、もっと見ていたい……知りたいのに!)
もともとオライオン家が研究気質な人間を多く出した一族だからだろうか。
リルの身体は死の一歩手前まできていた。もう動くことすら出来ないほど血が流れ、気絶寸前だった。
微かな呼吸も、汗が流れて震える身体も、死ぬかもと怯えていた心すら置いてけぼりにされて────その真っ黒な生き物に視線を奪われてしまう。
きっと自分はアレに看取られて死んでいく。あの真っ黒な生き物に身体を食われてしまうのだ。
そうして死に行くリルの近くに、真っ黒な生き物がやってきた。
「あがっ!?」
不意に真っ黒な生き物の身体が触手のように伸び、自身の口をつかんだ。
真っ黒な生き物の身体が蛇のように細く伸びて、そのままリルの口の中へ────体内へ侵入してくる。
身体の中で異物が侵入する嫌悪感、その衝撃に涙を流し何度も吐き出そうともがいた。
そうして、強烈な眠気に襲われる。
(ごめんなさい、お祖父様……)
リルはこのまま自分が死ぬのだと信じて疑わなかった。
でも、リル自身が死すら忘れて見惚れてしまったあの真っ黒な生き物に殺されるのなら別にいいかと思えたのはきっと、お祖父様の教えのせいだろう。
そうリルは小さく笑って、息絶えた。
♢
「罪悪感やばい……」
「キュッ?」
「────!」
寄生をするため、少女の核に侵入する必要があったが、なんかエロゲーの触手役をやった気分にさせられる。
身体の表面から見える核からではなく身体の内部から侵入する必要があるので、仕方ないんだけどさ……。
今の俺はボロボロのワンピースを着た十歳ぐらいの少女になっている。身体の傷は治っているし、欠けた前歯だってきちんと元通りだ。
身体から抜け出す際にわざと自分の身体の一部を残して置けば魂の系譜も出来るだろう。
でも、その前にもう少しだけ少女の身体をお借りしよう。
この子に寄生したおかげか、彼女の身体で出来ることが分かる。かなり優秀な魔法使いみたいで、俺が中にいるおかげで能力値も最大限上がってるだろうしな。
────目の前に殴っても良さそうなサンドバッグがいるし。
「そこにいたのか、リル・オライオン!」
少女に寄生して言語習得となったのか、奴らの言っている言葉が分かる。
(……うーん、やっぱり俺は海ノ旅団ゲームの時期に生まれたのか?)
海ノ旅団で見た、偉そうな顔をした兵士が三名。
どうやらこの少女は追われていたらしい。
ってか、オライオン家って神殿ノ旅団に出てきた主人公のファミリーネームじゃん。この子その一族の末裔?
「まっ、後でそのリルとやらに聞いてみるか」
「おっと、逃げられるとでも思ったかクソガキ。お前が逃げれば村の奴らがどうなるのか分かっているのか!」
「はいはい負けフラグ立ててくれてありがとな。そのまま俺とたくさん
ヒビキもアオイもやる気充分。
さて、この世界での初めての戦闘といこうか。
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