黒幕伯爵に転生したので最凶を目指す〜原作無視して努力を極める〜

脇岡こなつ(旧)ダブリューオーシー

プロローグ

 剣魔界。剣と魔法が交錯する世界。

 その都心からは少し離れた郊外に大きな屋敷を構える辺境貴族。

 天蓋付きのベッドに胡座あぐらをかいて座りながら、アロン・クラジールは口元を歪めて大きな笑みを浮かべていた。

 表情は喜々としており瞳の奥は‘欲望‘に満ちている。


「……そうか。俺は特別だったのか」


 くっくっく。

 笑わずにはいられない。

 アロンにとって今日は最高の目覚めだった。

 昨晩あるいは今朝に見た夢の内容がさぞ嬉しかったのだろう。


「……俗にいう転生というやつか」


 見た夢の内容はあまりにも鮮明だった。

 記憶を今からでも辿ることができてしまう。

 謙虚に生き、妥協ばかりの人生を送ってきた普通の人生を……。

 何か挑戦しようとしてはリスクを考え避けてしまうばかりの人格。


 全く持ってくだらない。


 結局、前世の男は何も成し遂げることなく死んでしまった。

 呆気ない交通事故だった。どこにでもいる些細な男の人生。24歳で唐突に消えた命の中の一つ。

 死ぬ間際に強く抱いた『もっと挑戦しておけばよかった』『人に従わず自由に生きたかった』なんて後悔がアロンの胸の中に渦巻いている。

 その後悔した残滓ざんしが今の俺に残っているというわけか。

 アロンは一人、その場で納得する。


 この前世の男もくだらないが、昨日までの自分ももっと愚かだ。

 元のアロン・クラジールの人格は、並以上には全てがこなせる奴だった。

 傲慢な態度で、なまじ器用貧乏だから、家族からも咎められることはない。

 つまらない、と心のどこかで冷えた目をしてこれまで生きてきた。


 ほどほどでいい。普通でいい。

 剣と魔法が強くなってどうするんだ。

 結局のところ金持ちの家なのだ。将来の心配をする必要だってない。

 そんな気持ちをどこかで持ってて、必要以上に頑張らない奴だった。

 それでいて他人には厳しい。自分には甘いのに。


 周りからひっそりと‘顔がいいだけの男‘と評される貴族―――それがアロン・クラジールだった。前世の記憶が混じった今でも傲慢さが抜けきらないのはこれまでに染みついた人格故か。

 まあいい。


 今の俺には知識があるのだ。

 前世の男から得た数少ない貴重な物。

 それはこの世界の行く末、はたまた、アロンがこれから辿る未来。


『マジックソードロマンド』——通称‘マジソロ‘、この世界の先の知識があったのだ。


 今朝、自分を特別だと独りごちたのもこの記憶のせいだった。


 前世の男は熱狂的な作品のファンというわけでもなかったため、事細かなこの世界の未来は分からないが大体は分かっている。


 少なくともアロンがこれから辿る未来については分かる。


 やがて家族が魔物に蹂躙され、アロン自身は魔物に服従するも、最終的に闇落ちし、主人公と敵対する黒幕になるというオチ。

 あまりに悲惨な末路だった。


 魔物に精神を取り込まれ、醜い姿へと変貌した姿を思い返すと虫唾が走ってしまう。


 今のアロンの顔立ちは美しい。

 中性的な顔立ちで乙女ゲーのイケメンキャラそのものだった。

 鏡で見るだけで惚れ惚れしてしまう。


 こんなに美しい顔があって、何でもこなせてしまう器用貧乏さがあるというのに、本気で努力してこなかっただと!? 今までの俺は愚かすぎるな。


 年齢は13歳。後2年もすれば学園に通うことになり、本編が始まってしまう。

 全然間に合うはずだ。俺は自信に満ち溢れている……!


「……どんな窮地が来るのか楽しみで仕方がないな」


 やがて来る未来に向けて備えは必要だが、アロンの瞳は野心で燃えている。

 前世が不遇な末路だったからこそ、この世界では自由に思いのままに生きたいのだ。


 顔がいいだけの器用貧乏。

 破滅イベントわんさかな本編。


 客観的に考えると絶望的だが、前世の男の妥協まみれの人生だったことへの後悔が今のアロンの気持ちを形成しているといっていい。


 普通に生きる? 冗談じゃない。

 破滅イベント回避のために努力する? 俺はそんな小さな目標は立てない。


 俺が目指すのは最凶だけだ。誰にも縛られることのない絶対的な強さ。


 主人公でもなくラスボスでもなく、ただ頂点を目指す。


 この世界には魔王の存在もある。だが……。


 魔王に至るのはアロン、この俺だ。そのためなら何だってしてみせる。


 ―——まだ本編が始まっていないマジソロの世界にて。

 強さだけを追い求める凶人が誕生した瞬間だった。

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