第19話 苦手なあのコト


 トイレで湯川くんに捕まってしまった僕は、そのまま立ち去れずにいた。


 今はトイレの入り口から出た広い廊下で話してる。


「マコトくんよくここに食べにくるの??」


「きょ、今日が初めてかな……」


「そうなんだ。マコトくんも学校終わってそのまま来たの??」


「そ、そう、かな! ……湯川くんは?」


「俺はおとうに迎えに来てもらって、そのまま家族でここ来たよ」


「そ、そうなんだ……」


「そういうマコトくんは誰と来たの??」


「僕も同じ感じかな……」


「ふーん」


 てっきり挨拶だけで終わると思っていたのに、湯川くんからびっくりするぐらい質問が飛んでくる……。


 まあ、僕が苦手だから避けてるだけで、湯川くんからしたらクラスメイトとたまたま会えて、物珍しいからせっかくだしと喋ってくれてるんだろうけど、どうしても逃げ出したくなる。

 やっぱり根掘り葉掘りグイグイ聞かれるのは苦手だなぁ。


 なんて思っていると、湯川くんが肩を急に組んできて、小声で話しかけてくる。


「まあそれはいいとしてよ、聞いてくれよマコトくん。さっきトイレに来る時に偶然見ちゃったんだけどさ」


「うん」


「クラスメイトの灘さんもさっき居たんだよね。ここに」


「え!!」


 急な話題の変更から、出てきた言葉に思わず肩をビクッとさせて声を出してしまう。

 もしかして灘さんと一緒に居るところ見られてた……?? ええ……どうしようどうしよう。

 いや、別にバレても問題ないけど……。

 だけど湯川くんに見られるのはなんとなく不味い気がする……。

 本当にどうしよう……。


 バレちゃいけない、そう思っているからか、湯川くんの存在と言葉に心臓がドキドキ止まらなくなってくる。

 

「だよな! ビックリだよな! まさかこんなところで偶然灘さんと会うなんて思わなくてさ! だからそれ見た後にマコトくんもトイレに居たからもう、余計にビックリしちゃって、思わず声かけちゃったってわけ」


 湯川くんはそういうと僕の肩から腕を外して、手を広げてキラキラした目で語り出す。


「でさ、もう誰かに話したくてしょうがなかったんだけどさ、お寿司食べてる灘さんめっちゃ可愛かったんだよ!! クリクリした目を見開きながら食べててさ、それで頬を赤くしてて、本当に可愛かった……。マジでマコトくんも見れたら見た方がいい! あれはもう天使……。サーモンのCMに出ててもいいと思うもん。もうスシタベローは灘さんのCM流すべきだと思う!!」


 急な一人芝居のような語りに、僕は思わず固まってしまう。


 こんな場所で、普段の教室と同じテンションで喋れるのがすごいなと思いつつも、灘さんと僕が一緒にいるところを見られてなくてよかったと、思わず胸に手を当ててため息を吐く。


「一人で食べてたけど、お父さんとかお母さんと来てるのかな? まあそれは良いんだけど、とにかく可愛かったなぁと思って。あ、ちなみにウニも食べてた!」


「そ、そうなんだ……」


「まあそんな感じで、どうしてもこのことを誰かに話したかったから話せてよかった! この素晴らしさは共有したいし。てことでマコトくん話聞いてくれてありがとう! じゃあまた火曜日ね!」


 そう一方的に告げると、湯川くんはトイレの奥へと消えていった。

 すると急に肩の力が抜けて、思わずため息を吐いてしまう。


 ふぅ。

 と、とりあえず、湯川くんが灘さんの可愛さを伝えたかっただけで良かった……。

 バレなくて本当に良かった……。

 バレてたらと思うと、怖い。ほら、一緒に食べながらさっきまでお寿司スペシャルとか分け合って作ってたし。


 でも、それにしてもやっぱり湯川くんのグイグイさは異常だなぁ。

 普段話してない僕にも友達みたいに話しかけてくるし。

 だけど、あれだけ人といつでも仲良く話せたら楽しいんだろうなぁと思う。


 なんて思いながら、僕は席に戻った。


ーーーーー


 席に戻ると、灘さんは頬をいっぱいにして、まだ何かを食べてた。

 たぶん今食べてるのは、炙りチーズサーモンだ。

 確かに、湯川くんが言う通り、灘さんはお寿司を美味しそうに食べる。

 言われてみると、すごく絵になる気がする。


「む! ……ごくん。 あ、マコトくんおかえり! 遅かったね! 何かあった??」


「え、えっとね、トイレで湯川くんと会った」


「え!! それは不味いね! わたし湯川くんちょっと苦手で……」


 いつになくローテンションで、小声で話す灘さん。

 心なしか警戒してるみたいで、色んなところをキョロキョロ見ている。


「灘さんも苦手だったんだ」


「ってことはマコトくんも苦手だったんだ。なんか、私によくまとわりついてくるし、求めてないことまでグイグイくるし、嫌なんだよね……。わたし詮索するのは好きだけど、されるのは嫌い!」


「えぇ……。でもそうだね、僕もあそこまでグイグイくるのは苦手」


「だよね〜〜んっ、うま!」


 そんな話をしながらも今度は穴子を食べる灘さん。

 どれだけ食べるんだろう……。

 あ、でもそうだ。


「そ、そう! それで、湯川くん灘さんのこと見たって言ってたから、早く出ないと二人で居るところとか見つかっちゃうかも!」


「んん!! ……ん。 それは確かに良くないね! 何か言いふらされたら嫌だし。うーん、どうしようか」


 やっぱり灘さんにもその認識あるんだ……。

 まあ普段から大きな声でみんなにも聞こえるように喋ってるし、みんなそう思ってるか……。

 悪気はないけど……。


 すると、灘さんが急にいつもの悪い顔になる。

 多分何か閃いたんだと思う。


「じゃあマコトくん。今から湯川くんから見つからないようにする脱出ゲームをしよう!」


「ええ!? そ、そんなことしてたらバレちゃうよ!」


「大丈夫だって! それになんか楽しそうじゃない?? かくれんぼみたいで」


「でも灘さん見たってことは結構近くにいるんじゃ……」


「……!!」


 なんて話していると、目の前の灘さんが急に目を大きく開いて、慌て出す。

 そして指先を下に向ける。


「ま、マコトくん早く机の下潜って!! 湯川くん向かい側から来た!!」


 そう小声で必死に話すので、僕も慌てて机の下に潜る。

 また急に心臓がバクバク言い出す。

 今日だけで何回目だろう……。

 

 そしてしばらくすると、話し声が聞こえてくる。


「な、灘さん、こ、こんにちは! こんなところで会うなんて思ってなかった!」


「こんにちは湯川くん! 湯川くんもここにお昼食べに来たんだ! 偶然だね!」


「そ、そうだね! 偶然、偶然だ」


 さっきまでとは打って変わって、いつもの学校のトーンで灘さんが話してる。

 キラキラした灘さんだ。

 湯川くんは逆に、さっきと違ってどこか緊張してるように聞こえる。


「と、ところで灘さんは誰と来てるの?? 僕は家族と来たんだけど」


「私もママと来たんだけど、さっきトイレに行っちゃってまだ来てない。だから今一人なの」


「そ、そうだったんだ。僕も今、ト……用事済ませてきたところなんだ! それで、その、この列の奥に席があるから、その、そこに戻ろうと思って! そしたら灘さん居たから声かけた!」


 じゃあ、湯川くん同じ列の奥に僕達が来る前から座ってたんだ。

 僕がトイレ行っていない時に隣を通ってきてたから、灘さんが一人に見えてたんだ。

 てことは、ギリギリバレてなかっただけだったんだ……。


「そうだったんだ! 嬉しい! でもそろそろ私もお店出ちゃうからお別れしなきゃだ……」


「そ、そうなんだ、じゃあ今あんまり話せないね……。僕も家族いるしそろそろ席戻るね! だからまた学校で会お!」


「うん! またね!」


 なんて会話が終わると、灘さんが机の下に手を持ってきて、僕の肩をトントンと叩いた。


「マコトくん危なかったね。ヒヒっ」


 灘さんの足の方を見ると、机の下を覗き込んで笑う灘さんと目が合う。


 そしてそれを合図に、僕も席に這い出て座り直すと、灘さんは口元に手を持ってきて、メガホンみたいにする。

 

「やっぱり早くここから出よっか」


「う、うん」


 小声でそう言って笑う灘さん。

 それに僕が頷くと、メニューのボタンからお会計を押す灘さん。


 そして、店員さんにお皿の枚数を数えて貰った僕らは、タイミングをずらしてお店の出口付近のレジへ向かった。


 ーーーーーーー


 お店に出ると、思わず二人とも背伸びをしてしまった。

 なんだかんだ食べるだけなのに疲れた。


「ふふっ。とりあえず、ドキドキしたねマコトくん」


「そ、そうだね」


「でも楽しかったからよし! じゃあ今から本当のショッピングモール巡りするよ!!」


「そういえばそうだった……!! まだお昼ご飯食べただけだった……」


「ふふっそうだよマコトくん! ってことで次は本屋さんに行こう!!」


「えっ!」


 疲れ知らずな灘さんの口から出た行き先は、意外にも本屋さんだった。


 

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