第13話 家に来るコト


「マコトくんの家行くの楽しみだね!! 早く着かないかな〜〜」


 九月も終わり頃なのにまだまだ暑い日の午後、僕は灘さんと歩いて帰っていた。

 目的地は僕の家である。


 未だにどうしてこうなってるのか飲み込めてないけど、改めて振り返ってみる。

 それは昨日の放課後、神社でティラミスを食べている時だった––––––––


 ーーーーー

 

「そう言えば今週テストだったの忘れてた。よくるみちゃん思い出したね!」


「一応こう見えてもクラスの委員長だからね! こういうことは覚えておかなくちゃだから!」


「さすがるみ先生! だけど私は忘れてても多分満点を取れるので大丈夫です!」


「さすがなこさん、日頃からよく勉強しているのですね。偉いです!」


「ふふっ。ありがとうございまするみ先生! あれ、マコトくん??」


 なんて微笑ましいやり取りが目の前で行われている中、僕は冷や汗をダラダラと流しながら固まっていた。

 多分顔は蒼白してる。

 そうそれはテスト、テストがあることをすっかり忘れていたからだ。

 思考がテストの文字といつもの低い点数で埋め尽くされていく……。


「どうしよう、僕も忘れてた。全然勉強出来てない……。ヤバい、どうしよう……。テストの点数低いとお小遣いも減らされちゃうし……本当にどうしよう……」


「ええええ、マコトくんが震えてる。どうしようるみちゃん! こんなマコトくん初めて見たよ!!」


「う、うん。私も今びっくりしてる。けど、とりあえずマコトくん落ち着こ! ね?」


 二人の声でようやく冷静さを取り戻すけど、不安がポツリポツリとまた浮かんでくる。

 そして地面を見つめて、ぼーっとしてしまう。


 そんな中で、灘さんが指をいきなりパチンと鳴らすので、思わずそっちを見る。


「じゃあさじゃあさ! 明日はマコトくんの家で勉強会しよ!!」


ーーーー


 そんなこんなで、今灘さんと帰っているわけである。

 相田さんは今日は塾があって来れないらしい。


 それとして、女の子が家に遊びに来ることに何故か少し緊張して、お腹が痛くなってくる。

 一応昨日の夜部屋は片付けたし、お菓子もあること確認したし大丈夫だとは思うけど……。


「ってうわあ! いきなりお腹の横ツンってしないでよ灘さん……!」


「あははっ、だってなんかマコトくんさっきからあんまり喋ってくれないんだもん。もしかして緊張してる??」


「う、うん。こうやって家に誰か呼ぶの初めてだから」


「そっか、じゃあ私が第一号ってことね!! やった! ちなみに……」


 そういうと灘さんが急に近づいてきて、耳元に顔を持ってくる。そして囁く。


「私も男の子家行くの初めてだよ」


 振り返ると悪戯顔で苦笑してこっちを見ている灘さんがいる。


「あはは、マコトくん顔真っ赤だよ」


「……とりあえず早く行こ! って、あ。」


 なんてやりとりをしているうちに家に着いた。

 そしてふと、友達と一緒に家に帰ってくるのって初めてだなと思う。


「着いたよ。ここが僕の家」


「ええ、すっごい綺麗!! 何これ!!」


「なんとかデザイナーハウス? ってなんか父さんが言ってた気がする」


「へぇ〜〜。すごい」


 キラキラした目で眺めている灘さんの横で、普段見慣れてる家をもう一度見直す。

 僕が小学二年生の時に建ったコンクリートの三階建ての家。所々にベランダがあって、丸い窓がある。

 変わった家だとは思ってたけど、ここまで驚かれるとは思ってなかった。

 

 そんな感想を抱きながら、家の中に入る。


「お邪魔しま〜す! うわぁすごい。玄関もおしゃれだ! あ、これマコトくん? 小さくて可愛い!」


 玄関で靴脱ぐだけなのに、さっそく灘さんが何かを見つけてはしゃいでる……。


「そ、そう。5歳ぐらいの時のやつだと思う。と、とりあえず灘さん早くリビングいこ!」


「え〜〜もうちょっと見たいのに」


 何故か見られて恥ずかしい気持ちになるので、灘さんを急かしてリビングへと向かう。


「うわぁ。ここも広いね。あたしのお家も広いと思ってたけど、マコトくん家の方が広いかも」


「吹き抜け? だから二階と繋がってて、それで広く見えるだけだと思う……。そ、それでとりあえず、お菓子とジュース持ってくるけど、オレンジジュースでもいい?」


「あ、うん! それでいいよ。お願いします!」


 僕はお菓子と飲み物をリビングの奥にあるキッチンに取りに行く。

 ジュースをコップに入れる最中、リビングの方を見ると灘さんは家の中をぐるぐると歩き回って眺めていた。

 そんな中、急に灘さんがこっちに来た。

 その顔はニヤニヤしてる。


「ねぇマコトくん。その、やらない?? 勉強の前にさ!」


「あれ……」


 そう言いながら灘さんが指差す先には、テレビがあり、その脇にゲーム機のピコ5がある。

 この間お父さんとやった時からそのままの状態のやつ。


「ええ、でも勉強するはずじゃ……」


「もちろんやるけど、その、どうしても友達の家で一緒にお菓子食べてジュース飲んでゲームしたいの! ほら、まだ14時だし!」


 そう言われて時計を見ると13時50分を指してる。

 テスト前の三日間は学校終わるの早いからまだ時間がある。


「う、うん。分かったやろ! その、僕もやりたいし……」


「本当! やった!! じゃあやろう〜〜!」


 そう言いながら灘さんはテーブルに置いてあったチョコレートを一つ口に含んでリビングのソファに向かった。


 ーーーー


「ん〜〜!! 疲れたぁ。やっぱり誰かとゲームするのって楽しいね!」


「そうだね。僕も友達と初めてやったかも」


 なんとなくでゲームを始めて数時間。

 僕と灘さんは熱中し過ぎて時間を忘れていた。


 レーシングゲームから強力プレイのロールゲームまで。

 意外にも灘さんはゲームを普段からしているらしくて、僕と同じぐらいのレベルだった。

 だからか、それもあってどんなゲームも楽しくてついつい遊び過ぎてしまっていた。

 今は対戦バトル、PvPの格闘ゲームを終えたところ。


「とりあえずマコトくん次は何する?? って、あ。もう17時じゃん…………」


「ほ、本当だ。どうしよう、今から勉強する……? というか灘さん帰る時間大丈夫??」


「えーと、そうだね。流石に帰らないと不味いかも。その、マコトくん本当にごめん!」


 少し焦った表情の後、手を合わせて目を瞑って灘さんが真剣な表情で謝ってくる。

 ここ最近毎日灘さんと居て初めてみるその顔に、少し戸惑ってしまう。

 さっきまで楽しく遊んでたのが嘘みたいに、家が静かに感じる。

 沈黙が息苦しく感じる。


「えっと、その。僕も遊びたかったし、大丈夫だよ……ほら、一人でも勉強って出来るし!」


「本当にごめんね……」


「楽しかったからいいよ! その分今日の夜勉強出来そうだし!」


 そう答えると灘さんが一瞬目を逸らした後もう一度こっちを見る。


「じゃあさ、その、明日また来てもいい? しっかり勉強教えるから」


「うん。いいよ! その、不安なところはたくさんあるからむしろお願いしたいというか……」


 僕がそう言うと、灘さんがコクんと頷く。


「うん。ちゃんと教えるね。あと、今日私のノートも置いてく」


「ええ、いいよ。そんなことしたら灘さんが勉強出来ないし」


「あたしは頭の中に全部入ってるから大丈夫! だからその、今日はごめん」


 初めてみるぐらい落ち込んでる灘さんが目の前に居る。

 このままじゃまずいって、なんとなく思う。

 灘さんと僕は友達。

 なら、今日のことも二人でやったこと。


「あ、あのさ灘さん!」


 うつむいて、どこか気まずそうにして遠くを見ていた灘さんがビクッとして僕を見る。


「きょ、今日みたいにテスト勉強する為に集まったのに、お菓子食べてゲームするって本当にダメなコトだけど、その、すっごく楽しかった! だから、その、ダメなコトだけど楽しかったから問題無いと言うか、全然気にしてないよ!」


 そう言うと灘さんは目を見開いて、それからいつもの明るい表情に戻る。


「あははっ、そうだね。確かにダメなコトだね、ふふ」


 ケタケタ笑う灘さんを見てホッとすると、灘さんが僕の顔を見つめてくる。


「ふふっ、マコトくんも分かってきたじゃん」


「ま、まあね」


 そうして僕と灘さんは余った残りのお菓子を食べてから、今日の勉強会をお開きにした。

 

 

 

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