第9話 話し合うコト


 唐突に灘さんから『ダメなコトについて話し合うよ!』と言われて、思わず目を見開きながらモンブランを一口食べると、灘さんもケーキを一口食べてからまた喋り始めた。


「それで今から、について話し合うわけなんだけど、マコトくん的にはこういうのしたい! っていうのはある? 私はあるんだけど、先に聞きたい!」


 そう明るく言う灘さんを他所目に、もう少し小声で喋って欲しいとも思いつつ、してみたいダメなコトについて考えてみる。


 うーん…………全然思い付かない。


 と言うか、昨日のお風呂の時もそうだったけど、そもそもダメなコトがよく分からない。


 それを一緒に見つけよう! って話はしたけど、それは『ダメなコトをしてから、本当にダメなコトかどうかを判断しよう!』ってことだから、そもそものやってみる方のダメなコトってなんだろうってなってしまう。


 イケナイコトのように思うこと? とかを言えばいいのかな……。


 うーん。


 あ、そうだ。


「そ、その、そういえば聞き忘れてたんだけど、そもそもダメなコトってどういうこと? あんまり僕まだ理解出来てなくて……。だからまだ思い付いてないと言うか……」


 そう言うと、灘さんが一拍明けてから答えを告げる。


「うーんとね、私も分かんない」


 えぇ……。


 予想外の言葉に僕はフリーズしてしまう。

 モンブランにフォークを突き刺したまま、手が動かなくなる。


「あ、勘違いしないでね! 私もこう、言葉には出来ないだけで、こういうのがやりたい! って言うのは分かってる。あ、あと線引きはしっかりとあるよ! このラインは絶対にやっちゃダメーーとか。ほら、やっちゃいけないコトとダメなコトは違うからね! もちろん私にも分からないことあるけど……!」


 赤面しながら、あたふたと早口で説明する灘さん。

 言い切るとそのまま照れ隠しみたいにケーキを一口頬張って、カップのジュースを飲む。


 それを見て思わず僕もモンブランを一口食べる。


「だからね、昨日も話したけど、二人で明確なそれを見つけられたらいいなと思ってるの」


 そして灘さんは手元の紙ナプキンで口を拭くと、ニカっと笑う。


「ってことで、私がやりたいダメなコトと、私が勝手に決めてるルールみたいなのを先に発表します! これを参考にマコトくんも考えてください!」


「う、うん」


 灘さんの急な丁寧口調とノリに驚きつつも、僕はまた一口頬張る。

 そして、とりあえずダメなコトについて教えてもらえるようでよかったと思いながら、ジュースも飲む。


「まず、私がやりたいのは今日の朝みたいなちょっとした秘密のやつとかかな! ええっと、例えばお風呂にお菓子を持ち込んだりとか? …………。い、今のはマコトくんと出来ないから一旦忘れて……! ええっとねーー」


 そうして灘さんは楽しそうに、やりたいダメなコトを話始める、

 だけど急に一人で赤面しながら、目を瞑ってこっちに手を振ってくる。まるで何かを掻き消しているように。

 そして、何事もなかったかのように、考えるてるような仕草になる。

 まだちょっと顔が赤い。


 なんだかまた知らない灘さんの一面を見てしまった気がする……。


 なんて思っていると、灘さんが閃いたように顔をパッと明るくさせる。


「えっとね、それで、そうそう! 例えば家にあるジュースを全部混ぜてみるーー! とか、あとは今日みたいにちょっと大人な感じのお店に行ってみるとかかな。あとは遠くに遊びに行ってみるとか……? とにかくやってみないと分からないことを知りたいなって感じ! どう? 分かる?」


 やっと具体的なことを話してくれる灘さんの言葉を聞きつつ、モンブランを一口食べる。


 なんとなく分かる気がする。

 神社で寝転がった時に思った知らない世界を知るのと同じようなことってことだよね?


「う、うん。ちょっと分かったかも」


「本当! なら良かった。まあとにかく、こうしてふとした日常がたくさんある中で、近くにあるのに知らない景色を私はたくさん見たいし知りたいの! なんならお家のリビングのテーブルに座ってみるとか、そういうのでもよくて、ダメなコト、イケナイコト、その中でも誰にも迷惑をかけなくて、かつ何も壊さないものを私はやりたい感じ! たったそれだけで普段の生活ってキラキラすると思うのよね!」


 そうどこか遠くを見ながら話す灘さんの目の中には星マークが映っているように見えて、キラキラしていた。


 楽しそう……。


 それが今の話をしている灘さんを見ての思わず出た感想だった。


 僕がいつも躊躇って、やりたいことをすごく考えてから結局やめちゃうことを、きっと灘さんはとりあえずやってみようの精神できっとやってる。それも、良いか悪いか考えながら。

 そんな中で、たくさんのことをしているから色んなことを知っているんだと思う。

 すごいなぁ。


「それで、マコトくん的にやってみたいこと思い付いた??」


「うーん。考えてみたけど、まだあんまり……あ! その、街の本屋さんとか行ってみたいかも……あとは映画を観に行ってポップコーンたくさん買う……とか?」


「おお! それはまた大きくでたね。さすがマコトくん、静かなところを選ぶチョイスが中々良い。私もその二つは好きだし行ってみたいしやってみたい! でも段階踏まないと難しそうだね〜〜」


「でもこれってダメなコトに入るの??」


「もちろん入るよ! こう、普段大人としか行けないところとか行くのもダメなコトな感じすると言うか、秘密なことしてる感じするじゃん?? 映画館とかなんかこう、大きくて暗い高級なイメージあるし、入っちゃダメな感じしない?」


「ルールが曖昧だ……」


 でも確かに、分かる気もする。

 大人としか行かないところに友達と行くのはちょっとワクワクする気がするし、それが暗くて高級そうなところなら尚更そんな気がする。

 そう思うと灘さんの言うダメなコトがもう少し理解出来てきた気がする。

 

「とにかく、これで二人ともしてみたいダメなコトを共有出来る仲になれたってことで、マコトくん乾杯しよ! 細かいことはまた決めることにして!」


 灘さんはそういうと、手元のオレンジジュースを片手に持ち、席の中央に寄せてくる。

 背が低いからか、もう片方の手で体を支えて乗り出しながら。


 そしてそれを真似する形で、僕もグラスを持って前に腕を伸ばす。

 

「カンパーイ! 今日から私達はダメなコトフレンズ!」


「か、乾杯……!」


 気恥ずかしさから、思わずすぐに口元に寄せてオレンジジュースを飲む。

 さっき飲んだ時よりも何故か酸っぱい気がする。

 勢いでしてしまったけど、やっぱり普段しないようなことをお店でするのはすごく恥ずかしい……。


「なんかこれでやっとマコトくんと友達になれた気がする! 昨日も今日の朝もよそよそしかったし、学校の中で話しかけてくれなかったし」


 急になんか本当のこと言われてドキッとしてしまった……。実際灘さんとの距離感分からなくて戸惑ってたし……。


「そ、そうだね……。その、友達居たことないから距離感が分からなくて……」


「ふふ、そう言われればそうだったね。マコトくんてぼっちだったっけ」


「ぼっ……ちです……はい」


「あわわわわごめんね!? 悪気あったわけじゃなくて、それならどう仲良くしていいか分からなくても当然だなと思って!! どうする? もう一回乾杯する……?」


「だ、大丈夫気にしてないから! でも一応乾杯は、しておきたいかな」


「じゃあ今度こそ仲の良い友達としてかんぱーい!」


「かんぱーい!!」


 こうして僕と灘さんは正式に友達になった。

 昨日の神社の時、約束はしたけれども、不確かだったそれが今確かなものになった。

 学校でも話しかけていい友達が出来た。何だか嬉しい。

 目の前の灘さんもなんとなくさっきより楽しそう。

 とりあえず僕も目の前のモンブランを食べてしまおう! 

 

 そう思いフォークを刺すと、横から視線を感じた。


「なこちゃんとマコト君何してるの??」


 そこにはクラスメイトの相田さんが立っていた。


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