第5話 悩むコト
「今日は疲れたなぁ。それに初めて放課後友達と遊んだ」
頭の中を駆け巡る昼間の記憶。
初めて放課後に行ったことのない場所に行き、したことのないこと、それもダメなコトをした。
それを僕は、目の前の水面に映る自分越しに思い出していた。
本を読み切った後に、お風呂で物思いにふけることはそれなりにあるけど、こうも記憶が豊かなのは初めてだ。
「よく分からないけど、灘さんと仲良くなれた日だったなぁ。勢いでダメなコトをする約束もしてしまったけど……。でも楽しかったなぁ」
そうしてふと、僕を連れ出して知らない世界を教えてくれた灘さんの顔が頭にチラつく。
ひまわりが咲いたような明るい笑顔。
どこか心の底からドキドキしてくるような、そんな表情だったなと感じる。
「でも本当にダメなコトって何だろう。改めて考えてみるとよく分からないや。灘さんは一緒に見つけようって言ってくれたけど、僕の頭じゃさっぱり分かんない」
ダメなコトをする関係。
そもそもダメなコトって何だろう。
イケナイこととは何が違うんだろう。
危なさ? お行儀の悪さ? それとも禁止されてること?
大人が決めたルール? 法律?
でも灘さんがしようとしてるダメなコトって、たぶん違うよね。
もっとこう、日常的な感じ。
だけどお行儀悪いことをしようとは言ってなかったし。
うーん。考えれば考えるほど分からなくなるけど、多分見つかったら怒られるようなことなのは間違ってないような気がする……。
でもそもそも、それをバレないようにしながら、一緒に何がダメなコトなのか見つけようって今日約束したんだし……。
「と言うか、灘さんみたいな優等生でもダメなコトしたくなるんだなぁ」
今日ビックリしたことはたくさんあるけど、僕を誘ってくれたこと以外で一番驚いたことはこれな気がする。
普段から友達と仲良さそうで楽しそうな灘さんが、こんなコトに興味があるなんて思ってもみなかった。
「そういえば今日のことは二人だけの秘密だよって言われたなぁ」
悪戯顔で、ししっと笑いながらそう話している灘さんの顔が思い浮かんで、心無しか顔が熱くなってくる。
「うう、とりあえずお風呂から出よう」
ーーーーーーー
お風呂から出ると、家の玄関からガチャッという音が鳴り響く。
時刻は20時過ぎだから多分お父さんだ。
僕の家は父も母も帰りが遅く、母は19時前後で父は20時ぐらいにいつも帰ってくる。
僕は髪を乾かしたタオルを首にかけたまま、お風呂場のドアから廊下に出た。
「ただいまーー」
「おかえりお父さん」
「おお、マコト風呂上がりか! じゃあちょうど良いものがあるぞ。ほれ」
やけにいつもより上機嫌なお父さんから何かが投げられるのでそれを手で受け止める。
「今日出た噂の期間限定スイーツ、超抹茶ガトーショコラケーキ味のアイスだ!! もう父さんは今日、これの為だけに頑張ってきた!! ネットの口コミだと『これは世紀の新発明!! 究極のアイスです!! リピ確!!』って書いてあったからもう楽しみでしょうがない!! ってことでマコトにも買ってきた。ちょうど風呂上がりだし一緒に食べようぜ!」
満面の笑みでそう言うと、父は靴を脱いでスキップでリビングに向かった。
なので僕もそれを追うようにしてリビングに向かい、ソファに座った。
「ほれ、スプーン」
「あ、ありがと。じゃあいただきます」
スプーンを受け取ると、横にお父さんも座ってくる。
二人で蓋を開けると、そこには見たこともない絶景が広がっている。
カップ形状になっている円の半分が抹茶色でその半分がチョコでコーティングされている。
そしてスプーンを入れると、アイスの中間辺りからチョコソースが流れ出てくる。
「すごいなマコト! これ中も3層になってる! 全部で5種類の味が詰まってるのか。うま!! 美味すぎるぞこれ!!」
「んん!! 確かに美味しいこれ」
「一応家族3人分買ってきたけど、もう3個買ってくるんだった……。絶対もう売り切れてるよ……」
落ち込むお父さんに対して、僕は黙々とアイスを食べる。さっきゆだる寸前だったのもあって、アイスがいつもの倍以上美味しい。
「ところでマコト、今日は学校どうだった? 何か楽しいことあったか?」
来てしまった。二人きりの時にいつも来る流れ。
お父さんと一緒に何か食べるとこれが必ず来るやつ。
普段なら楽しかったと伝えるか、学校で起きたクラスメイトの話をするけど、今日は灘さんの姿がやけに頭に思い浮かぶ。
灘さんとのことは楽しかったし、友達? になれた感じしたし、それを言いたいけど……。
だけど、ダメなコトをする友達が出来たなんて言えないし、僕嘘下手だから余計に言えない……。
「……今日も普通に楽しかったよ」
「そ、そうか。普通かぁ、まあ楽しかったならいい!」
そう言うと父は立ち上がって、テレビの下を漁り出した。そして機械の電源を入れると、こちらに振り向く。
「じゃあとりあえずゲームするか! 今日はママまだ仕事だって言ってたし、バレなければ問題ない」
悪戯顔でお父さんが笑う。
何故か放課後の灘さんを思い出して面白くなる。
普段ならダメなコトな気がして、お母さんに怒られるなぁとか思って、お父さんのノリに乗らないことも多いけど今日はとても楽しい気持ちになる。
「う、うん! やろ!」
「お! 今日はやけに乗り気だな! よーしじゃあせっかくだしこの前ママに内緒で買った新作をやろう」
父さんが画面をスクロールすると、そこには確かに見たことない新しいゲームが表示されている。
「じゃあ僕飲み物取ってくる!」
「おお。本当に今日は乗り気だな! だがそれで良いぞマコト! 乗れる時になんでも乗っとけ! 良いか悪いかなんてその次だ! やるならとことん! 結果は後からついてくる!」
僕が楽しいことが嬉しいのか、お父さんもやけに楽しそうだった。
そうして、僕とお父さんはお母さんが帰ってくるまでずっとゲームをし、帰ってきたタイミングですぐに辞めて、僕は自分の部屋で寝た。
ダメなコトが少し分かった気がした。
ーーーーーーーー
翌日の朝、普段通り家を出て駅に向かうと、珍しく改札の前で立っている灘さんの姿があった。
その姿を捉えたと同時に、向こうもこちらに気づき走ってくる。
相変わらず遠くからでもどこか光っているように見える。
「マコトくんおはよ! いつも同じ時間の電車に乗ってるから、改札で待てば見つかるんじゃないかと思って見張ってた!」
「お、おはよう。そうなんだ、でもどうして待ってたの?」
僕がそう問いかけると灘さんは昨日の悪戯顔で答えてくる。
「そりゃもちろん、朝からダメなコトをしていくからよ!!」
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