第4話 いけないコト


 森の中をこだまするかのように、灘さんの放った言葉が僕の頭の中で繰り返されていた。


「えっそれって、これから先、灘さんと今日みたいなダメなコトをするってこと?」


思わず聞き返してしまう。


「そうだけど……嫌? 私マコトくんとなら出来ると思って。」


「嫌じゃないよ! 一緒に遊んでくれるのは嬉しいし。だけど、でも、ダメなコトってやっぱりいけないコトだし……。うーん」


「ええっとね、もちろん何か壊したりとか、取り返しがつかないことしたりとかはしないよ! それは約束する!」


「えぇ、でも……」


 僕が悩んでいると灘さんが近づいてきて肩を揺らしてくる。

 

「私とダメなコトしようよ! マコトくん!」

 

 目の前がグラグラする中、見えてくる灘さんの目には明らかに爛々とした星マークのようなものが見える気がして、僕が断ることなんて微塵も考えていないようにみえる。


 どうしようかなぁ、正直悩む。


 きっとこれはイケナイことだし、ダメなコトなんじゃないかなって、やっぱり思う。

 もちろん灘さんが誘ってくれたのは嬉しいし、知らない世界を知れる楽しいことだとも思うけど……。

 だけどやっぱりいけないことはいけないし……。


「えぇっと、その、ダメなことはやっぱりダメだよ……。ほら、怒られちゃうことだってあるし」


「じゃあ、マコトくんから見て、私が今ここにただ寝そべることってそんなに悪いことに見えるの?」


「いや、その、そういうわけじゃないんだけど……」


「ならいいじゃん! ねぇ、やろうよ〜〜」


「えぇ……」


 そう言われてしまうとなんて返せばいいか分からなくなる。


 実際、灘さんが石畳の地面に寝てもお行儀は悪くてもダメなことではないし、イケナイことでもない。

 神社の鳥居とはずっと距離離れた場所だから神様に迷惑もかけてないはずだし。(そう思いたいだけだけど……。)

 座ったらお巡りさんに逮捕される、なんてこともないし。うーん、そう言われると確かによく分からなくなってくる。

 

 それに、今ここには誰も居ないし、誰も見てない。


 もし大人にバレるとマズイことがダメなコトなら、この場でそれをしても大人が居なければ悪くないし、それなら物を壊さないとかのダメなコトならいい気もする。


 そう言われると悪いことってなんだろうってなる。


 お行儀が悪いことがダメなこと? それってでもやっちゃダメなことになる気がするなぁ。

 うーーん。分かんないや、でもやっぱり……。

 

「じゃあさ! なら、二人で一緒に知ってこうよ! あたしとマコトくんで! 何がダメで、何がいけないのか。やりながら見つけようよ! 秘密にしながらなら出来るでしょ?」


 灘さんが手を広げながら、どこか楽しそうに大きな声で言う。


「だって、この世界って大人が言うよりもずっと自由じゃん! それに私達まだ子供だもん! もしもの時は多分怒られるだけで済むよ!」


 理屈になってるような、なってないようなことを言いながら、灘さんが僕の近くまでゆっくり歩いてくる。


「もちろん、ダメなことの中には守らなきゃいけないこともたくさんあるけど、絶対にイケナイコトもあるけど……。だけど! それでも知ってみなきゃ分からないことだってあると私は思うんだ!」


 灘さんがニカっと笑う。


「だからやろ! 一緒に! ダメなコト遊び!!」


 灘さんが笑顔で放った最後の一言が頭の中で駆け巡る。

 そして今までの自分の姿が、感情が脳裏に溢れてくる。

 

 何も出来ない自分、何をしても躓いて、友達と関わることも出来ない自分。


 何かきっかけがあれば、なんて思っていたけど、いつも本を読んで、外の世界を知ろうともしなかった自分。


 自分はダメな子だけど、大人の言うことを一番聞いてるから大丈夫なんだと思っていた自分。


 ルールを守るのが、せめて良い子でいる事が良いと思ってた自分。


 今というきっかけが来ても、知ろうともせず考えようともせず断ろうとしていた自分。


 でもそうだ。僕は知らない。

 何が良くて、悪いのかも分からない。


 だから、知ってみたい。だって、知らない世界がそこにあったから。

 灘さんが教えてくれたから。

 

「わ、分かった、一緒にやろ。ダメなコト見つけるの」


 そう言うと灘さんの目が大きく見開かれて、次第に笑顔になる。

 

「本当!? やったぁ! じゃあ今日から私達はダメなコトフレンズね!」


「う、うん」


「今日からよろしくね、マコトくん」


 灘さんがはにかみながら手を差し出すので、僕も手を握り返す。

 そしてその裏で、なんだか少しワクワクする自分がいる。


 なんて思っていると、灘さんは先程と同じように悪戯顔になって、笑い出す。


「あははっ、じゃあ明日の朝から早速やっちゃお! ダメなコト! あ、そうそう。あたしこう見えても優等生だから、隠すのも上手いから、そこは大丈夫。しし」


「えぇ……」


 こうして僕と灘さんは、ダメなコトをする友達になった。


 帰る前に、記念として二人で神社にお参りすると、木漏れ日が強くなり、どこか歓迎されているような気がした。

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