第3話 ダメなコト
ビルを抜けた先に広がる緑が生い茂った森の入り口。
その奥には小さな神社があり、その目の前には鳥居がある。
その森の入り口から神社までは白っぽい石畳が綺麗に舗装されて続いており、その上に僕と灘さんは向かう合うようにして立っていた。
「じゃじゃーーん! どう?? 凄いでしょ!」
「え、ここって? というか僕たちビルの中を通ってきたよね? え、なんで神社があるんだろう? というかここって入ってもいいのかな……」
僕が目を丸くして周りを見ながらそう聞くと、灘さんはふふんと腰に手を当ててどこか誇らしげに、それでいて悪戯顔でこちらを見てくる。
「だ・か・ら! ここが私の秘密基地! 誰も知らない私だけの場所! だからこんなコトだって出来ちゃう」
説明になってない答えに戸惑っていると、灘さんがおもむろにランドセルを地面に置き、そのままその隣に仰向けになって寝そべる。
そして、大の字になって空を眺めながらニヒッと笑う。
暫くすると、上半身を起こしてからこちらを見る。
「どう? 良いでしょ。マコトくんも早くやろ!」
どこか自慢げな灘さんがそう言いながらこちらにおいでと手招きしながら急かしてくる。
どう考えても神社でやっちゃダメなコトをまるで楽しいことのように誘ってくる。
だけど、
「な、灘さん! こういうのは、その、良くないと思う。だ、ダメなコトだって、やっちゃいけないことだって思うよ……!」
僕は灘さんに目線を向けた後、その視線を足下の石ころに移しながら、雰囲気を壊すような、きっと友達と遊ぶ上で言っちゃいけない言葉を放つ。
言い放った後、チラッと灘さんを見ると、そこには目をパシパシとしながら無言でこちらを見つめてくる灘さんの姿がある。
……やってしまった。つい、いけないことだと思って口にしちゃった。
せっかく、灘さんは楽しいことだと思って、僕を誘って、ここまで連れてきてくれたのに。
一方的に意見を言ってしまった……。
こうだからきっと友達が居ないんだろうな……。
こういうのをKYとか、空気読めないやつって言うんだろうな……。
とにかく今は謝らなきゃ、灘さんに、早く。
なんて思っていると、腕を組んで悩んでいるそぶりをしていた灘さんが立ち上がってこちらに寄ってくる。
そして、僕のガッと肩を掴んでくる。
「マコトくんの思ってることは、もちろん私も分かってる! 本当はダメなコトだって。だけど!! 今日の今だけは、私達しかいないからやってみて欲しい! その、見せたいものがあるだけだから……!! どうしても、マコトくんにも知って欲しいだけだから!」
時々目を逸らしながら、灘さんが僕を見つめて、言葉を捲し立ててくる。
その顔は少し赤く染まっていて、僕の顔も暑くなってくる。
数秒の沈黙があり、木々のざわめきが耳に入ってくる。
「う、うん。分かった……」
こう言われてしまった手前、もう引き返せなくなってしまった僕は、俯きながら思わず返事をしてしまう。
その瞬間、灘さんの顔がパーーっと晴れ、無邪気な笑顔が戻ってくる。
掴んだ僕の肩を使って、そのままその場でジャンプしている。
そうした後、すぐに冷静に戻ったのか、恥ずかしそうにして下を向く。
「じゃ、じゃあ早くやって。そ、その早くしないと日が暮れちゃうし。とりあえずそこに寝っ転がってみて」
先程までよりも赤く染まった頬をそのままに、灘さんが石畳を指差すので、僕はランドセルを足元に置いた。
誰も居ないのに、何故か誰かに見られてるような気がして、どこか緊張する。
そうしてオドオドしていると、灘さんがこちらを見て少し怒ったような表情で「はやく」と口パクで伝えてくるので、慌てて石畳に手をつけて仰向けになり、空を眺める。
「おお……。」
そして思わず口から声がこぼれ落ちる。だって、目の前には想像だにしない光景が広がっていたから。
空は木々に囲まれ、見上げた真上だけに青空がポッカリとあり、そこに太陽があり、雲が動いている。
それでいて、目の端々には木々が生い茂り、木漏れ日が差し、ゆらゆらと揺れている。
その上で土の匂いも、植物の匂いもしてくる。
背中には石畳の仄かな冷たさがあり、その小さな凸凹がやけに背中にフィットする。
街の喧騒が、アスファルトの冷たさが、どこか遠のいた不思議な世界に身も心も包まれる。
これは知らない世界だ。
本当はダメなコトなのに、いけないことだって言われるようなことなのに、それをないがしろにして、楽しんでいる自分がいる。
本には載ってなくて、教科書にも載っていなくて、大人にも教えて貰えない。そんなことを今体験している。
知らない光景で、知らない匂いで、そしてそれを知らない気持ちで見てる、感じてる。ワクワクしてる。
なんでもないことなのに、何故か縛られてないように感じてる。
僕の存在なんてちっぽけで、悩んでることも本当は悩まなくていいんだって、そう思えてくる。
今まで僕は勉強も出来なくて、友達も居なくて、だからせめて規則正しく、大人にも迷惑かけないようにって、そう思って生きてきたのに。
このダメなコトを、楽しんでる自分がいる。本当はダメなことなのに、イケナイことなのに。
そうしてしばらくの間、空と森を見続けていると「どう? 凄いでしょ」と灘さんの声がどこからともなく聞こえてくる。
その声に「う、うん」と反応すると、その視界に灘さんが入ってきて目が合う。
その顔は神社に着いた時同様どこか自慢げで、口角が釣り上がっている。ニマニマしている。
そして、灘さんが手を差し出してくるので、僕はその手を掴んで、引っ張られるようにして起き上がる。
灘さんは腰の後ろに手を組んで、右手で頬を掻いている。
「マコトくん、その、どうだった?? ダメなことをした感想」
心の中を見透かされたかのように出てきた言葉にドキッとする。
「ええっと、その、楽しかった。……ものすごく。知らない世界があって、ワクワクした」
「でしょ!! ダメなコトって楽しいでしょ!!」
そう言って灘さんは今日一番の笑顔を見せると、神社を歩きながら話し始めた。
「私ね、この気持ちをマコトくんに伝えたかったんだ! この景色とこの感覚。私は自由だーー! ってなるこの感じ。本当はダメなことなんだけどね」
「だけど、ダメなコトってたくさんあるけど、いけないこともたくさんあるけど、本当は、迷惑にならないことだったらしてもいいと思うんだ。もしも今、ここに知らない人が居たら私もしないけど……」
「もし秘密に出来るなら、してもいいと思うんだ! そういうことは、絶対にダメとかじゃないと思うんだ!」
歩きながら僕から離れた場所に居る灘さんがこちらに振り向く。
「だから、マコトくん!」
「私と一緒にダメなコトをしてくれない??」
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