第6話 アレが食べたい

「あれだ! 余アレが食べたい」


 街道にアレが売っているとは聞いたことがない。そもそもアレとは何かという問題でもあるのだが、アレなのだろう。


「名前は知らん!」


 予想どうりの言葉が聞ける。この際何でも良いという事にしておこう。勝手な解釈だが何も言うことは出来ない。


 なにかの看板が見え始める。今日の昼食はあそこにしようと自己決定する。アレがあるといいねと思いながら店に入る。


「こんな所に売っているのか?」


「はい、ありますよ」


 自然と嘘をつく。間違えないでいただきたいのはこれはただの嘘ではなく、相手を思うが故の嘘である。だから良い。


「おぉアレだ! さすが牧師なんでも知っているな!」


 それぞれが注文し出来上がるのを待つ。ちなみに僕はどこぞの誰かが食べたせいで食べれなかったキノコのパスタを頼んだ。


 依然としてアレが分からないが注文が来たら分かること、焦る必要はない。


「……馬鹿みたいに値段は高くないですよね?」


「値段? 知らん多分行けるだろ」


 金を一円も出さないからと調子に乗っている。別払いにしてやろうかと内心思うが一応付いて来てくれたということで水に流す。


「お待たせしましたー」


「これが食べたかったのですか?」


 机の上に置かれたのは昼食だというのにタルトタタンが一つ。確かに美味しいが昼食にはどうかと思うが食べたいのならばこちらとしては言うことはない。


「前に牧師が作ってくれたやつが美味しかったからな、また食べたいと思ってたんだよ」


 気恥ずかしそうに言う様子を観ているとこちらも恥ずかしく感じる。


「美味しかったですか?」


「あぁ! 美味かったぞ!」


 こうして褒められることは少ないためか、いつも美味いと言ってくれている時よりも嬉しい。少しお菓子作りのやる気も出てくる。


「それはそうと足りますか? それだけで」


 少しタルトタタンをじっと見つめ首を横にふる。こちらを見つめ訴えてくる。少しは考えてる欲しいものだ。


 小皿を貰いキノコパスタを取り分ける。キノコを多めに分けてあげて健康にも配慮するが、キノコは要らないと言わんばかりにこちらを見つめ頬を膨らます。それも全てスルーして取り分ける。


「ちょっとキノコ多すぎないか……? ほぼキノコだぞ」


「前も勝手に食べていたでしょ? お好きでしょうから多めに分けてあげました」


 タルトタタンを食べ終わった後に食べるキノコ増しましのパスタは口内のタルトタタンの後味をすべて書き換えていく。そして薄々予想していた通りのセリフが飛び出す。


「もう一個食べたい! デザートとして!」


 優しく笑い一言だけ言う。


「ダメです」


「嫌だ! 嫌だ! 口の中がキノコのままになっちゃうだろうが! 食べたい!!」


 店内で駄々をこね始め客人がこちらに注目する。買うのが手っ取り早いが何分お金が無い。それを説明してもキノコの余韻ではなくタルトタタンの余韻に浸りたいと聞かない。


「今度私が作るのじゃダメですか……?」


「作ってくれるのか? なら仕方ない。今回は帰るとするか!」


 すぐにコロッと変わる様子を店員は負けたと感じたのか悔しそうにこちらを見てくる。騒がしくした事を謝らせそそくさと店を後にする。


「あんまり店では騒がしくしないでくださいね? 次やったらお金払いませんよ?」


「そ、それじゃあ余はどうなっちゃうんだよ」


 シンプルに考えて無銭飲食で捕まり、魔族というのもバレ処刑されてしまうであろう。となれば一緒に居た私にも火の粉が掛かり牧師の名を剥奪されてしまいあの世でまた出会うだろう。どう転んでも魔族がバレれば私の名を剥奪される運命に少し恐怖を覚える。


 こうしているだけでも禁忌に触れている為であるから。


「……と、とにかくあまり困らせないでくださいね」


「分かった、分かった~で、いつ作ってくれるんだ? 明日か? 明後日か?」


 何も分かっていない危機感の欠如が見受けられるこの魔族と生活するのは大丈夫だろかと思いつつも家に帰った。

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