Episode2
俺の掛け声でリノンに向かって飛んでいく疑似ハント・ビーの多くが地に叩きつけられていく。
想定通りの結果と言えよう。相手に不規則な動きがなければ人は危険度の認識を途端に下げるものだ。
「一回休憩にしようか」
「はい!」
感覚の良し悪しは誰よりも自分自身が分かること。昨日とは違い、全てが明るい。
隣に座ったかと思えばグイッと頭頂部を見せてくる。
「ご褒美にしては早いんじゃないか?」
「頑張ったから」
まだ一時間くらいしか経っていないというのに。メンタルの維持時間が短いのは安定性に欠ける。
子供だからと甘やかしているとそこが育たないまま大人になってしまう。そんな大人にする気はさらさらない。
「それならあと二十回繰り返そう。満足できる結果を出せたらリノンの願いを聞いてやるよ」
「いじわる……」
「恨めしく睨んだって怖くないぞ。ハント・ビーにも勝てないような剣使いじゃな」
珍しく俺の言葉に顔を紅潮させている。
その姿をようやく表に出してくれたのは喜ぶべきことだろう。
悔しさの現れなのだから。
「それくらい僕だって!」
「僕だって、なんだ?」
「た、倒せるようになるから!」
あーあ、可愛いな。声が震えてやがる。
もし俺がリノンの父親であったなら自分の言葉を否定するように頭を撫でていただろう。強気な発言をするだけでも十分な一歩だ。
それから言った通りの数をこなし、八割の成功率を叩きだした。
「どうですか⁉」
最後のひとつを叩き落としたリノンが興奮気味に寄ってくる。
「頑張ったな。まさかこれほど成功するとは思っていなかったから、驚かされたよ。特に構えが安定していて振り下ろす勢いに負けずにいるところは、身体に身に付き始めた成果だろうよ」
「本当ですか?」
「嘘をついてどうするんだ」
「じゃ、じゃあ」
期待の眼差しが輝く瞳から放出され俺に刺さる。
リノンのなかで頭を撫でられることがここまで優先されるような事項だとは思いもしなかった。
俺たち魔物にも繁殖はあり、家族もいる。それでも数年で独り立ちして狩りをしたり、繁殖のために身籠ったりと人間ほどの愛情が生まれることはない。そもそも俺には…………これ以上考えるのはやめるか。
「わかったよ。ほら、こっちおいで」
そう声を掛けるとすぐにリノンはやってきて絶対に逃すまいと腕を背に回してくる。非力でこの場で回転すればリノンの方が持っていかれそうだ。これで剣を精一杯に何度も振り、成長しているのだからそれだけでも褒められることだとは思う。
ただそれを簡単に口に出してしまうと欲望が満たされ、次に満たされるために必要な容量が増えてしまうので今回のみの特別としなければ。
その点からしてここで言葉を加味すると褒美の幅を狭めてしまうから、小さな少年の頭を手のひら一杯使って撫でるだけ。
ああ、葉が陽の騒々しさを遮り与える静寂が心に安らぎをもたらす。
俺に絵の才能があれば「ぬくもり」と名付け写生していただろう。
そんなたわけたことを想像していられる世界であれば、リノンのように世界を知らない少年が生まれることはなかったのに。そして、魔物が平穏に暮らせる理想をつくりだすために魔王に利用されることもなかったろうに。
「可哀想にな……」
「何か言った? ヒース兄さん」
上向く顔に手を重ね、不意に現れていた感情を隠した。
「いいや、なんでもないよ。あとすこしだけ休憩を挟んで特訓再開だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます