Episode3

「これで最後だ。ちゃんと構えろよ」


「いつでも大丈夫です」


 今日の特訓数時間の間に自信を身に着けられたのか、ただの道具には一切動じることなく対応できるようになってきた。


 とはいえ、こちらからわざとタイミングを外すように投げたときは反応が遅れてしまっているが、そこは感覚を慣らしていけばいずれは習得できるだろう。


「いけ、リノン!」


 リノン目掛けて投げた擬似ハント・ビーが勢いに乗り、重い尻が上向こうとしたそのとき、それを切り裂くような鋭い剣筋が描かれた。


 重く力がのしかかった音がしたかと思えば、一瞬のうちに叩きつけられ土が飛ぶ。


「やった!」


 緊張からの解放により顔一面に咲く笑顔の花は輝いて見える。

 着実に一歩前進したからこそ得られる至福の瞬間だ。


 俺にはこの温もりに満ちた空間を一度に冷やす手段があるが、今日のところは成功体験として持ち帰らせた方が明日以降に繋がるだろう。


「お見事。綺麗なカウンターだったよ」


 拍手と称賛を送る。


 照れくさそうにぺこぺこするリノンは疑似ハント・ビーを拾い上げついた土を落としてから持ってきた。

 子供かつ数少ない集落の宝物で周囲から甘やかしという名の愛情を受けていたにしてはよく躾けられたものだと感心しつつ、それを受け取り麻袋のなかにしまう。

 この集落の存在を認知したのはもう百年以上も前のことで、思い返せば節度のない人間を見たことはあまり見たことがなかった。だからこそ国から捨てられた後でも細々であれ生きてこれたのだろうな。


「それじゃあ、今日はここまでだ。気を付けて帰るんだぞ」


「いつも思うけど、帰るって言っても走ったらすぐ着くんだからそんな心配しなくていいよ。ヒース兄さんの方が遠いでしょ?」


「たしかに魔王所から徒歩10分の俺と徒歩2分のリノンでは遠いという点だけの話でいえば心配されるべきは俺だろう。しかしだな、なにか危険があったときに無事に対処できるのか? 相手は俺の言うことを聞いてくれない悪い奴かもしれないのに」


「自分のことくらい自分で守れないとお母さんを守るなんてできないもん」


 生意気に立派な台詞を口にする。ついた自信を勘違いして本当に事故に遭わなければいいが俺が送ろうと今更言っても頷くと思えないな。


「それは大した心掛けだ。じゃあ、また明日会おう」


「またね、ヒース兄さん」


 そうして走る気力は残っていなかったのか歩いて帰っていくリノン。


『おい、もう出てきていいぞ』


 その背中を見送りながら森の茂みに隠れている一匹のハント・ビーを呼ぶ。


『ヴェノール様、連れ出すのは構いませんが何時間もただ隠れているのは疲れます……』


『悪い悪い。本当は最後にお前が出てきてテストをするつもりだったんだが、もし失敗したときに立ち直れるのか不安だったものだからやめにしたんだ。

 成長には挫折は付き物だとは思うが大事なのはそのタイミングだからな』


『はあ……』


『それで疲れているところにもう一つ頼みたいんだが、構わないだろ?』


『選択の余地がない問いかけを投げかけないでくださいよ』


『はは、よくわかっているじゃないか』


 羽ばたかせている羽の勢いからして疲れが嘘でないことは見て取れるがここは立場を利用して働いてもらおう。


『それで何をご所望ですか?』


『リノンの後を追って無事家まで着いたか、本人と集落の人間たちにも気付かれないよう偵察してきてくれ』


『そんなことでいいんですね』


『ああ。もう行ってしまったから早く向かってくれ』


『わかりました。では後ほど城の方で』


 ハント・ビーが任務に向かうのを確認して俺は一足先に城に帰っていった。

 嫌な予感とでも言うのだろうか。魔王がそんなものを感じているのも情けない話だが、今は人の皮を被った存在だからこそ感じ取れた異常だと考えれば保険を掛けておくべきだろう。


 何事もなければそれで良いのだから。


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