一章
Episode1 心弱き少年
今日もリノンとの特訓の為にいつもの場所に来てそのときを待つ。魔物は連れず、荷物でいっぱいになった麻袋を傍に置く。
さて、リノンを勇者に匹敵する実力者にするための欠点はこの一ヶ月でよく分かった。それは誰もが魔物に対して抱く恐怖心だ。
相手が戦闘を好まない魔物だと知るや否や震えていた手は強く柄を握り、死を考慮せぬ子供らしい残酷さのまま剣を振り下ろしていた。
つまりは意識の問題なのだろう。だから数をこなせば慣れが生まれると思っていたが、 昨日の成果から計画を練り直すとカウンターの技術を磨き自信を付けさせる方が案外早く克服できるかもしれないという結論に至った。
「おはようございます!」
まるで昨日のことは忘れたと言わんばかりの笑顔と剣を引っ提げてやってきた。この切り替えは若さ故の利点か、それとも眠れば何事も忘れられる狂者のメンタリティの持ち主か。
前者であることはわかっている。
「おはよう。昨日はちゃんと飯を食えたか?」
「? いっぱい食べましたよ。お母さんがちゃんと体力を付けなさいって作ってくれるんです」
「良い母親だな」
「はい! 自慢のお母さんです!」
こんなに好きが溢れ出るほどの関係なら守りたいと思うのも当然か。この想いの強さで心の弱さをカバーしてくれればことがうまく進むのだが。
ことは思い通りにいかないものだ。
「じゃあ、今日はこれを使ってカウンターを身につけよう」
「なんですか、それは」
袋から取り出した釣り針の先を丸くしたようなものを見せられてリノンは疑問と驚きが同時に胸のなかで生まれたみたいだ。
彼の表情は未知への好奇心と成ったそれらに支配されている。
「これはハント・ビーの身体の輪郭に似せてつくった練習道具だ。長い方が上体で、この曲がりからは尻になる。すこしだけ出てる部分が針だな」
「あの、先に聞いておくんですけど、これって痛くないですよね?」
「もちろん。ほらっ」
手に持っていたものを投げて渡す。
リノンは腰が引けながらもそれをなんとかキャッチして、硬さや怪我に繋がる箇所がないかチェックしていた。
これも精神面の弱さからくるものだと思う。パッと遠目から見ても金属製でないことは明らかで鋭利でもないことはわかるはずだ。それでも自分の手で実際に触れ確認しないと第一印象の邪魔な感覚を拭えないんだろう。
思い込みに近い、厄介な心理の仕組みだ。
「満足したか?」
「はい。ヒース兄さんの言う通り、昨日の魔物さんみたいです。でもこれなら、昨日よりももっと深く踏み込めそうかな」
「じゃあ、さっそくやろう」
ハント・ビーに対して現状抱えている意識の上書きがうまくいけば恐怖心は和らぐはず。今の言葉からもはっきりと口にはせずともそれを感じてしまっていたと白状したと捉えていいだろう。
リノンの住む集落が魔物に襲われたことはない。人型の魔物を知らないリノンにとっては昨日の奴らは害獣程度の認識だと思われる。ならば、潜在的にその感情を抱いていた場合よりも簡単にいきそうだ。
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