Prologue3

 リノンの成長速度は早い。

 身体的な能力だけに限れば普通だが、俺の用意する魔物たちから得たものは国に住む同年代の子たちと比べて圧倒的だろう。


「はぁああああ!!」


 顎をカチカチと鳴らすハント・ビーに怯える身体を奮い立たせようと大きな声をあげ、精一杯の力で片手剣を振り下ろす。しかしそれは滑稽にも魔物の前を通り過ぎるだけだった。

 これがリノンの大きな欠点。心の弱さだ。


「腰が引けすぎだ。威勢が良いのは前に比べれば前進したが、それではまるで勝負にならないぞ」


「うぅ、頑張ります」


 情けなさにショックを受けるリノンの手に手を重ね、柄を強く握らせる。


「いいか? ハント・ビーはああやって威嚇したあと、尻から針を出して突進してくることが殆どなんだ」


「だから剣を振ったんです」


「でもな、あいつは羽を常に羽ばたかせて空を飛んでいるだろ? 今みたいに先に動いちゃ、左右に避けられてしまうぞ」


「じゃあ、どうすればいいんですか? 」


 これまで戦闘を好まない魔物ばかり相手をさせていたから、無謀に突っ込んでくる感覚で対応してしまうのは仕方ない。


 これからは敵をよく観察して動くことを覚えるフェーズに入っただけのこと。


「分からないことを聞くのは悪くないが、まずは考えろ。毎度アドバイザーが隣にいるわけじゃないんだから、もし急に遭遇したときのためにもな。リノンは母親を守るために強くなりたいんだろう?」


 強い頷きが返ってくる。


「お父さんの代わりに僕がお母さんを守るんです」


 記憶も残らない頃に死んだという話は聞いている。俺とリノンが出会ってから一週間が経ったときに。


 思えば出会ってからでいえば、もう一ヶ月も経つのか。時の流れは早いものだな。


 それはそれとして、その意気で偶然にも支配派の魔物を始末していた俺を見かけ、強くして欲しいと頼んできたのだから、内に秘める芯の強さはたしかなもの。


 今は俺が支えとなり成長を促す段階なのだから焦らずゆっくりと育てていけば良い。この世界でどの人間よりも、どの魔物よりも上にいる俺がついていて失敗などあってはならないのだ。


 そんなことを考えている間にリノンは自分なりの答えを導いたらしい。


「それならこっちが待ってビーくんの突進を誘い出せば、真っ直ぐ振っても当たりませんか?」


「良い判断だ」


 褒め言葉と共にまた頭を撫でてやるとリノンは喜びに頬を緩ませる。


 父親の手の温もりを十分に感じられずにいたからだろう。各々の持つ価値観を把握し、そのなかの特別を刺激すれば物事は大抵良い方向に進んでいく。


「もちろん口で言うほど簡単なことじゃない。今から教えるのはカウンターだ」


「カウンター?」


「相手の攻撃に合わせて対応し、生まれた隙にこちらの攻撃を繰り出すことだ。お手本を見せてやるからしっかりと目に焼き付けろ」


「はい!」


 いつぞやの兵士から頂戴した安っぽい木剣を手に持ち、ハント・ビーの身体の中心を軸に構える。


『ヴェ、ヴェノール様! たとえそのような脆い剣でもヴェノール様の力があれば私は真っ二つにされてしまいます! 』


『仕方ない。これも俺たちの夢を実現させる為の必要な犠牲なんだ。わかってくれ』


『そんな……』


 血相を変えて訴えた声も虚しく拒否されたハント・ビーの顔色はどんどん悪くなっていく。


 リノンにはなんら変わらないように見えているだろうが。


『ループすれば、残りの命は好きに使って構わない。だから、今回は大人しく受け入れてくれないか?』


『うぅ……そ、それなら』


 こいつらの気持ちも分からなくはない。自分より圧倒的な力を前に、その力を与えられた奴らがどうなったかを見聞きしているから生まれる恐怖。そして抱く畏怖の念。


 なんとか覚悟を決めたように見えて、さっきより尻が震えているじゃないか。


『さぁ、来い!』


『ウォォオオオオ!!』


 まるで自爆兵のような叫びと共に勢いをつけ、前傾で突っ込んでくる。


「リノン! 瞬きするなよ!」


 この命を無駄にしないように全力を込めて。

 若干腰を落とし、一歩踏み込んだ。


 ハント・ビーが針を突き刺そうと尻を出すより前に剣を振り下ろす。


 姿勢を低くした分、剣先がハント・ビーの身体に触れる感触が早く伝わってくる。

 十歳の手にこの気持ち悪さを覚えさせようとしていると思うとすこしだけ罪悪感が生まれる。


「アッ、ガァァ……」


『また次の魂でな』


 別れの言葉を告げてもう一押し、身体を切り裂くように振り切った。


 綺麗に二つに割れたハント・ビーの骸は死なぬ勢いのまま俺の後方まで飛んでいく。


「うわっ!」


 その一方が自分の足元に転がってきたんだろう。リノンが驚いて声を上げた。


 そちらを振り向けば、地が血で塗られている。


「どうだ? ちゃんと目に焼き付けたか?」


「は、はい!」


「カウンターでなにより大事なのはタイミングだからな。早ければさっき言ったように避けられるし、遅ければ針が身体に深く刺さってしまう。ちゃんとその見極めをしていけるようになろう」


「頑張ります!」


 努力に前向きな性格は褒められるべきなんだろうがな。

 技術面の成長と共にメンタル面の改善もしていかないと膨大な知識を持て余すだけになってしまいかねない。


「今日はそのためにオスのハント・ビーを連れてきたから、まずは木剣で感覚を馴染ませるぞ」


 そうして時間は過ぎ、最後までウォルフの出番が来ることはなく、突進攻撃へのカウンター練習のみでリノンの門限が来てしまった。


「はぁ……はぁ……」


「お疲れさん」


 息を切らし、俯いて地に座るリノンに水の入った筒を渡す。


「まあ、そう落ち込むな」


「……ありがとうございます」


 声に覇気がないな。

 同じ年齢の友人たちと喧嘩したこともないと前に言っていた。

 だから悔しさと情けなさとで初めて自分に感じる怒りの発散方法が分からないんだろう。


「一度も完璧なタイミングで剣を振れなかったわけじゃないんだ。回数を重ねていけば身に着くさ」


「でも……それじゃあ、ヒースさんが教えてくれた怖い相手から皆を守れる勇者さんみたいにはなれないよ」


「別に勇者だって生まれたときから強いことはない。鍛錬の結果なんだから今ばかり見ていても仕方ないと割り切ろう。な?」


 ポンと頭に手を置いて撫でてやる。

 結局子供には言葉で心を癒してあげるよりも行動で示した方が伝わりやすいと、この一ヶ月で学んだ。


 じんわりと温もりがリノンの胸の奥まで包み込んでくれるだろう。


「また明日も頑張れるか?」


 リノンは静かに頷いた。それから離そうとした俺の手を掴み、まだ撫でていろと自分の頭に押し付ける。


 それに魔王が律儀に従っているなんて国の人間もこの光景を知らない俺の仲間たちも思わないだろう。


 そもそも勇者を超え、俺を殺せるような人間を育てようとしてること自体おかしな話だから。ただ、それが今後人間と魔物両方を守るために必要な大きなピースになるはずだ。


 だから……すまない。リノンを俺の手から逃すわけにもいかないんだよ。


 そんな冷たさを隠すようにまた俺はゆっくりとリノンの頭を撫で始めた。

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