Prologue2

「ヒースお兄さんは魔王さんじゃないよ? ヒースさんだよ?」


「あ、ああ、うんそうだな」


 子供の清らかな目を向けられてそんなことを言われると恥ずかしい。


 この捨てられた集落の住民は森の外の世界を知らない。先祖がその知識を抱えたまま皆死んだからだ。

 外の世界を知るといつか憧れを持ってしまい、森を出た先に見える一都市に向かってしまうかもしれない。その後待ち受ける非道な処罰を目にしたからこその判断だった。


 その結果、悪の親玉のことも知らぬ無垢な少年が生まれてしまったわけだが。


「とにかく剣を持ってすこし離れたところで構えろ」


「はい!」


 リノンの背中が見えたところでさっきから脳内でうるさかった奴らの相手もしよう。


『ヴェノール様! お聞きになられているのですか、ヴェノール様!』


『黙って大人しく待つこともできないのか、ウォルフ』


『何をおっしゃいますか! 命の危機が迫っているならば誰だって焦るものでしょう!』


『何を言っているんだ、お前は。まだ一度も死を経験したことがないくせに』


 死ぬ度に奪われる生命力は所有量の四分の一。その残量で能力が落ちるわけでも寿命が減るわけでもないのに何をそこまで。


『誰と間違えているんですか! 私はもう三回も死んでるんですよ! それなのに人生の最期があの少年の糧となるだなんて嫌です!』


『嘘をつくな。その毛色、毛並み、初めてのウォルフだろ』


『青は百種類以上あるんです! そんな簡単に見分けがつきません』


『ああ、そういえばそんなことを前に魔女が言ってたな。なんだっけ、アルミ缶の上にあるミカンの略称みたいな……』


『アルミカです! ヴェノール様の側近のおひとりでしょう。名前くらい覚えてあげてください』


『そうだそうだ。仕方ないだろう、ここ数年自分の部屋に籠って殆ど顔も見ていないんだ』


「ヒースお兄さん! 僕は準備OKだよ!」


 おっと、このまま顔を合わしていたら怪しまれる。何かしているんじゃないかと。


『間違えて連れてきたのはすまないが、リノンと戦えないのなら先に帰ってくれ。仲間が殺されるのを見るのは気分が乗らないだろう』


 頷いたウォルフの一匹が悠然と背を見せ去っていく。

 リノンにはそう見えているだろう。格好良いですねと興奮している声が聞こえてきた。


『ヴェノール様は時折雑になるところがあるんですから。あのときも……』


 現実はねちっこい愚痴をぶつぶつと口にしながら帰っているのだが。


 それから残ったウォルフとハント・ビーたちに今日のところは威嚇動作からの一連の流れを伝える。

 この魔物共は俺に忠誠を誓い、その身を預けたからこそ俺の掲げる魔物の在り方を確立するため、大人しく指示に従っている。しかし、それに納得のいかないやつらもいる。


 俺の力をもってすればその全てを消し炭にすることは不可能ではないが、一日二日で為せるものでもない。俺がここを離れた後に、リノンや集落の人間を殺されてしまっては全てが台無しになってしまう。


 その事態を防ぐためにリノンの成長は不可欠だ。時の猶予は十分にある。


「それじゃあ、始めようか」


「はい!」

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