第8話 魔物の肉
そうしてひと通りの草原での採取を終え、気がつけばもう夕暮れ時。非常に濃い一日だった。
「楽しかったぁ……」
小さなはじめての冒険を終え、民家に戻る。
「……そりゃよかったな」
先程来た時には気が付かなかったが、よく見ると、民家には看板がぶら下がっており、古代文字が書いてあった。
「ブレストフォード……西……調術所?」
「店の名前がどうかしたか?」
「あ、このお店の名前なんだ? ていうかお店なんだ?」
魔女の工房、魔道具屋さんのようなものなのだろうか。王都『ブレストフォード』に『西』と、地名から付けたらしいシンプルなネーミングが、なんだか彼ららしくて面白かった。
扉を開けて、気恥ずかしさを隠して小さく息を吸い込む。
「ただいま戻りました!」
「おかえり、ユージーン、アマリ!」
ずっとこの挨拶に憧れていた。口元が緩むのがさらにまた気恥ずかしい。
「それで、無事に紅玉魔石の素材は取って来れたかい?」
「紅玉魔石?」
「お前が投げた石」
「あ、あの宝石、紅玉魔石って言うんだね。ええと、色々取ってきたけど、どれがどれやら……」
参考書を開き、赤い宝石の図を探す。ぺらぺらとページを捲って見つけたところで、ジーンくんが答えを教えてくれた。
「紅玉魔石の素材は、レッドリザードの鱗、弾ける種、ルベラ鉱石だ」
ちょうど三つとも取れた素材だった。
「わ、偶然だね」
「なあに偶然じゃないさ。素材採取馬鹿の馬鹿弟子が効率よく取れる場所を選んで行ったんだ」
「レッドリザードの奇襲は想定外だったけどな。落ちてる鱗を拾うつもりで行った」
素材採取馬鹿、つまり、素材採取大好きということらしい。なるほど、ジーンくんのあの図鑑のような素材解説にはわけがあったのだ。
「調合に使う素材に詳しいんだね」
「アッハッハ……そいつは詳しいってレベルじゃないよ。素材狂いだ」
「狂い?」
シェリーさんの言わんとせんことが分からず混乱していると、ジーンくんはふいと目を逸らした。
「いいから調合するぞ」
「あ、うん!」
「馬鹿弟子達、子供は夕飯食べて寝る時間だよ」
張り切っていたところで、シェリーさんに止められた。
食卓に座らされしばらく待っていると、夕食の準備をしている良い香りがする。手伝うと言ったのに、お客様だからと断られてしまった。
数分後、お出ししていただいた夕飯はレッドリザード肉ステーキ。
……レッドリザード肉ステーキ?
「……食べて大丈夫なやつこれ?」
「ブライグランド王国民なら魔物食文化あるだろ? ミルクケンタウロスとか食ってるだろ?」
ナイフとフォークを持った手慣れたジーンくんが真顔で首を傾げる。
「えと、あれ家畜、これ野生」
「貴族って面倒だな」
「ええ……?」
なにか理不尽なことを言われている気がする。
「せっかく良い素材が取れたのに鮮度が良いうちに使わない手はないだろ」
「アッハッハ……めちゃくちゃな馬鹿弟子なんだ。諦めな。食べれば分かるよ」
もしかして結構この子も変わり者なのかな、なんて考える。
「い、いただきます」
糧への感謝の祈りに手を組み目を瞑る。と同時に覚悟を決める。
大丈夫、大丈夫、もし体に合わなくても幸いここには色々な薬がありそうだし。
小さく切った肉を口に運ぶ。すると──
「…………すっごくおいしい!」
色々な思考が吹き飛ぶほど、美味しかった。
「アッハッハ!」
余程分かりやすく顔に出ていたのか、シェリーさんは手を叩いて笑っている。気恥ずかしいが、だって、だって、美味しいのだ。
味付けのソースの甘辛さによく合う、淡白な肉の旨みと、ほど良い脂の甘み。感動した。
「すごい! 肉まで美味しいとかドラゴンてすごい!」
「旨味を構成する成分のエレメント群を豊富に含むからな」
「アッハッハッハ! ヒーッ!」
感想を口にしたら、ジーンくんは満足気に頷き、シェリーさんは先程以上にツボにハマったかのように笑い転げていた。
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