第9話 安眠の香り
さあ、すっかり夜だ。
夕食を終え、お風呂も借りて、今日のところはあとは寝るのみ。
ちょうど二階の客間が空いてるからと、そこをお借りすることになった。
「それじゃ、よく眠るんだよ」
「はい、おやすみなさい」
案内をしてくれたシェリーさんに挨拶をして、部屋に入る。
「…………」
ベッドに入ると、洗剤の香りと、お日様の香りと、人の家の匂いがした。突然しんと静かで、そわそわとした。
横になって目を瞑り、今日一日のことを振り返る。
──いや、とんでもないことをしてしまったな!?
ぐるぐると訳が分からなくなっていた頭は、思い切り奔放に外の世界を満喫したおかげか、一人になった途端にすっかりと冷えて。
──そうだ、なんで、私はあんなこと……。
回り出した思考回路の中で、かえって答えが出ずに混乱した。
寝付けない。水でも飲もうかと一階に行くと、何故か明かりが付いている。
「……あ」
ソファに腰掛けて何かの本を熱心に読む夜更かしさんを見つけ、その理由が分かった。心底ほっとした。
「こんばんは、ジーンくん。何読んでるの?」
「っ!?!?」
隣に座り本を覗き込もうとすると、集中していたようで余程驚かせてしまったのか、跳ぶように部屋の端まで移動され距離を取られた。
「……適切な距離感ってものを知っとけ」
「遠くない?」
この距離ではろくに声が聞こえない。じりじりと適切な距離を探した結果、食卓に向かい合わせで座ることに落ち着いた。
「お前、女らしくはないけど、別に男らしくもないだろ。普通に可……いやこの形容詞を口にしたら負けな気がする」
「え?」
「……用件は?」
「ええと、ジーンくんのこと知りたいと思って」
せっかくだからと話そうとすると、明らかに嫌そうな顔をされてしまった。冒険中は仲良くなれそうだと思っていたのに、妙に刺々しい。
「ユージーン・フォスター、十一歳、好きなものは素材採取。嫌いなものは人付き合い。以上」
「わあ、全然情報を開示する気がない無難な自己紹介……、って、歳下なんだ?」
「は?」
軽くあしらわれてしまったけれど、重要で意外な新規情報がひとつ。お返しに同じ自己紹介をする。
「改めまして、アマリ・サンチェス、十二歳です。好きなものは……」
「は!? 歳上!?」
お互いに衝撃的だったようだ。ジーンくんの賢さと落ち着きと頼り甲斐はどう考えても一般的な十一歳の相場からかけ離れていた。
「ジーンくん、すごく大人っぽいね?」
「お前がガキすぎるだけだろ」
「あ、人がちょっと気にしてることを!」
「気にしててそれなのかよ」
返す言葉がなかった。
だからこそ拗ねてしまった。
「ジーンくんて、ちょっと意地悪じゃない?」
「ちょっとじゃない」
「え?」
思わず口を尖らせて嫌な言い方をしてしまうと、意外な答えがかえってきた。
「俺は普通に性格が悪い。愛想が悪いし、言葉選びが絶望的に下手だし、そもそも人間に興味がない」
「そ、そんなことないと思うけど……?」
突然に淡々と凄まじい自虐が始まる。
「そうなんだよ。だから仲良くなろうとするな」
ジーンくんはそっぽを向き、無表情で戸棚へと向かった。かと思えば、取ってきた何かを手渡された。
「何これ?」
「安眠の香り。嗅いだ魔物を眠り状態にする」
透明な小瓶の中には、不思議な虹色の液体が入っていた。
「わ、綺麗だね……」
傾けるたびにキラキラと色が変わる。いかにも魔道具らしい魔道具に興味を惹かれたところで、気がつく。
「もしかして私、魔物扱いされてる?」
「ばあさんに見つかる前に寝ろよ」
「どんな魔物? ドラゴン系だと嬉しい」
「レトリドッグの幼体」
図鑑で見たことがある、可愛らしい姿で人を惑わす魔物の名前を出された。何故。
自室へ戻って行くジーンくんの背を見送る。
私も部屋へ戻り、参考書で受け取った魔道具について調べる。
「嗅ぐと不安が落ち着き悪夢を見ずに眠れる?」
……いや、どこが性格が悪いのやら。
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