第6話 守りの草原

 そんなわけで、はじめての素材採取だ。


 バスケットと大きな鞄を持ち、その中に水とパンと赤い宝石を入れる。

「え? ジーンくん、いつも一人で魔物と戦ってるの?」

 さらに、護身用の武器として、魔法の杖と小さな果物ナイフを装備する。その横で、ジーンくんは慣れた様子で大きな剣を再び装備していた。

「何か悪いかよ?」

 何か悪いもなにも。ジーンくんはとんでもないことを言っていた。

「危ないよ! 冒険者でもない子供が護衛なしで魔物と戦うとか自殺行為だよ!?」

「それお前さっきやってただろうが」

「…………」

「おい、おい……? 黙るなよ……?」

 大通りを戻り、城壁を出て、今度は鬱蒼とした森には向かわず、背の低い柔らかな草木の生えた小道を歩く。

 しばらく歩いて行くと、開けた草原へ出た。

「わ! すごい! すごい!」

 思わず手足が跳ねる。ほんの少し街から離れただけで、知らない景色だらけだ。

「このエリアなら、弱い魔物ばかりだからお前でも問題ないだろ」

 色とりどりに咲く綺麗な花々、不思議な実をつけた背の低い木々、透き通るような綺麗な小川。初めて見る物ばかりで、全てが輝いていた。

「なにこれ! なにこれ!」

「なんかお前が窮屈に生きてることは分かった」

 なんだろうこれは。なんだろうこれは。

 ここにあるもの全てが、ひょっとしたら調合の材料になるのかもしれない。そう考えたら、居ても立っても居られなかった。

 さっそく目に入った赤い綿毛の植物に触れると、触れた途端に綿毛が大きく広がり炎が弾けた。

「ジーンくん、ジーンくん、この植物はなに?」

「触ってから聞くな。火傷を気にしろ」

 慌てて手の軽い火傷に青ポーションを少量付ける。すると淡く青い光が輝き、みるみる傷が治っていく。

「すごい! すごいね! この植物はなに!?」

「いや高すぎる順応性で質問を継続するなよ!?」

 怒られた。

「この植物はなに?」

「答えるまで無限に続くやつかこれ? 弾ける種。炎のエレメントが多く含まれていて、炎魔法を使う魔道具の素材になる」

 珍しいのは植物だけではなかった。くるくると辺りを見渡しながら柔らかな草を踏み歩くと、岩の影には小さな獣も居た。

「ジーンくん、ジーンくん、魔物がいる!」

「イッカクウサギ。角に注意が必要だが、冒険初心者にうってつけの相手だ」

 杖を構えると、一本の角が生えた小さな魔物がこちらの様子をうかがっていた。

「じゃあ、さっそく!」

「植物素材の採取が先だ」

 はじめての冒険で、はじめての勝負をしかけようとすると、ぐいと引っ張られ引き留められた。

「採取手袋。これを付けて素材を取れば、怪我をしない」

 渡された手袋を付けて、先ほどの赤い綿毛の植物の種を採取する。なるほど、簡単な魔法の効果を打ち消してくれるらしく、今度は何も起こらない。

「このあたりに落ちている赤い石はルベラ鉱石。固きエレメントが多く含まれている。武器や防具、魔石などの素材として使われる」

 落ちていた石を拾い上げると、うっすらと熱を帯びていた。不思議なかんじがする石だった。

 その他にも色々な素材を手に入れた。

「ティグリ草。素材として使うと、草属性の魔法の効果アップ付与が期待できる」

 緑色の葉を取る。

「ワイトライス。素材として使うと、水属性の魔法の効果アップ付与が期待できる」

 白い穀物を取る。

「エン麦。調合成功率を上げてくれるエン麦粉のもととなる」

 黄金色の穀物を取る。

「ジーンくんは何かの図鑑みたいな喋り方するね?」

 そして、荷物がいっぱいになりそうだったその時、何かの咆哮が聞こえた。

 ギャオオ

「なっ……」

 振り返ると、そこには自分と同じくらいの背丈のある魔物、二足で立つ赤いトカゲのような魔物が居た。

「っ、……か……」

 動揺で思わず言葉を失った。

「運が悪いな。中レベル帯の魔物に見つかった」

 鋭い牙に、長い爪、怪しく光る赤の鱗。口から吐き出される炎は黒煙を纏い、どっしりとした足が地面を蹴り上げて砂埃が舞う。

「お前は下がれ。怪我をさせるわけにもいかない」

 固まっている私を背後に隠し、ジーンくんが前へ出て、剣を構える。

「これはレッドリザード。小型だがれっきとしたドラゴンだ。気性が荒く、こちらから仕掛けなくても襲いかかってくる」

 強敵とも戦い慣れているようで、ジーンくんは冷静だった。

 一方私はと言えば、生物としての強さの違いなのか、見た途端から足がすくみ身震いが止まらない。けれど──

「……格好良い」

 けど、だからこそ、美しい魔物だと思った。思わず小さく感嘆が漏れた。

「…………ドラゴンが?」

「あ、ジーンくんも格好良い!」

「うん、その感想を持つお前には、貴族社会はさぞ生きづらいだろうな」

 呆れと、なにか同情のような視線を向けられてしまった。

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