第5話 試用期間
そんな風に、現実逃避中の居座りを企んでいたのを見破られていたのかもしれない。ジーンくんはじとりとした訝しむような目でこちらを見ていた。
「ユージーン、次は素材採取を教えてやりな!」
「……いや、そろそろ帰さないと親御さんが心配するだろ」
冷や水を浴びせられた心地だった。
思い上がりではしゃいで、勝手に興奮で熱くなっていたところだったから、妙に大人びた冷静な言葉が耳に痛かった。
だから、つい、びくりと肩が震えた。
「あ、う、父様、は……」
声まで震えてしまって、自分が情けなくて。
「あー……その……誰かは心配するだろ」
酷い表情をしていたのだろう。その反応で、親との不仲を疑われてしまったようだ。なんだか、また気を遣わせてしまった。
「ち、違うよ、今日は家に居ないってだけ」
慌てて手と首を横に振る。
ぶっきらぼうで人に無関心な風でいて、人のことをすごくよく見てる子だなと思った。
「……本当か?」
「本当だよ」
ゆっくりと頷く。
本当に、父とは仲が悪いわけじゃなかった。むしろ、憧れで、尊敬していて、大好きだった。けれど、本当のところは、多分、接し方が分からなかった。第一王子の護衛をしている父は、このごろ王子の冒険に同行してばかりで、家を空けがちだった。
「話が通じるなら、とっとと帰って仲直りでもすれば良いだろ。それからまた来れば良い」
「でも、別にはっきりと喧嘩したわけじゃなくて」
「じゃあ尚更帰れよ?」
「……うん……」
返す言葉がなかった。
正論に項垂れ、小さな冒険の終わりを悟ったその時。
「しゃらくさいね! むしゃくしゃした時は冒険だよ!」
「今説得してるとこだろ、頼むから黙っててくれよ!」
ジーンくんの言葉に頷きかけていたところで、シェリーさんが魔道具の素材を入れるらしきバスケットを押し付けてくる暴挙に出た。
「あのー、これは?」
「アンタ、そのお父様とやらは明日帰ってくるのかい?」
「ううん」
「次いつ帰ってくるんだい?」
「……半年後」
ジーンくんの目が点になった。
「ちゃんと喧嘩しろ」
怒られた。
「じゃあその間はここで修行できるね! アンタの家の人間たちはアタシが力技で説得してやるよ!」
「ダメだこのババア言い出したら聞かねえ」
本当に、言い出したら聞かなかった。
「ほら、お守りにアタシの魔道具をやる。帰ってきたら同じものを作って補充してもらうよ」
瞬く間もなく、何やら赤い綺麗な宝石を手渡された。
「さあ、アマリ・サンチェス、今日から試用期間だ!」
「は、はい!」
そうして愉快なシェリーさんの手腕によって、かなり強引に、私の調術師としてのはじめての修行は始まった。
ちょっとした家出が、なんだか壮大なものになってしまった。
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