第4話 才能の卵

 腰を抜かしたシェリーさんが立ち上がるのに手を貸すと、シェリーさんはジーンくんに向かって何か叫んだ。

「ユージーン、この才能の卵、ありとあらゆる手段を使ってでも逃すんじゃないよ! 手始めにその無駄に綺麗な顔面を使って甘く口説きな!」

「ふざけんなババア」

 シェリーさん、とてもお元気で良かった。ジーンくん、意外に年齢相応の悪態が出る時があるらしい。それはそれとして──

「無駄に綺麗な顔面……」

「なんだよ……」

 シェリーさんの言葉を受けて、改めてジーンくんの顔を眺めてみた。黒曜石のような綺麗な髪。三白眼の中央に映える綺麗な紅玉の瞳。幼さが少し残る、不機嫌そうにきゅっと結ばれた口もまた、整った形をしている。

「綺麗というか……」

「ばあさんの贔屓目だ。貴族の顔面偏差値に慣れたお前にとってはカエンザルみたいなもんだろ」

 カエンザル。口から火を吹く猿の魔物。強い。図鑑で見たことがある。

格好良いかっこいいよね」

 安易に思考したままの言葉を口にしたら、ジーンくんは一瞬固まった。

 その後はなんとも言えない顔をした。

 私はまた何か間違えてしまったかもしれない。どうにも言葉選びというものが苦手だった。

「口説かれてんじゃないよ馬鹿弟子!」

「驚いただけだ!」

 しかし、ここでは私がそれで注意されることはなく、何やら私を置いて二人で喧嘩を始めてしまった。やいやいと言い合いをする二人に、それはともかくとして先程から気がかりだった疑問を投げかけてみる。

「ねえ、あのさ、腰を抜かすってことは、調合魔法が使えるのってそんなに珍しいの?」

 空気を読まない質問と分かっていたが、どうしても気になってしまったのだ。様々なことがひどく欠けている自分にも、何か、何か特別に飛び出て出来ることがあるんじゃないかと。

「いいや、そうでもないよ!!」

 しかし、返ってきたのはシェリーさんからの明確な否定だった。

「…………そっか」

「はっきり言うなよ、ばあさん。この空気どうすんだ」

 少々気落ちしていたら、ジーンくんが気を遣っておろおろと視線を彷徨わせてくれた。なんかごめん。

「調術なんてね、大昔はみんな使えた魔法さ。今じゃすっかり忘れ去られてしまったけどね」

 じゃあ、なんでそんなに驚いたのと尋ねようとすると、先にシェリーさんが口を開いた。

「驚いたのは完成品の品質さ! 不純物がまるでないね! やるじゃないか!」

 バンバンと肩を叩かれる。ここまで率直に褒められるって、なんだかすごくくすぐったい気持ちだ。

「それは素材が良いからだ」

 しかし、ジーンくんがすかさずそう言った。

 別に私に何か才能があったわけではないらしい。ジーンくんの用意した素材が良かったらしい。

「そっか……」

「この空気どうするんだい馬鹿弟子」

「事実を述べただけだろ」

 また肩を落としていると、シェリーさんがぶんぶんと首を横に振った。

「馬鹿だね馬鹿弟子! どんなに良い素材を使ったって、天然の素材には必ず不純物が混ざる! 要らない物を取り除いて、必要なものを必要なぶんだけ取り出して組み合わせられる、それが調術師の才能さ!」

 ドンと背を叩かれ、またバランスを崩して転けそうになる。

 けれど、シェリーさんの言葉にほっと胸を撫で下ろした。

 私にも何か才能があるというのなら、役に立てるのなら、ここに置いてもらえるかもしれないと企んだから。

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