第2話 豪快な人
言うまでもなく、どのようにして森まで来たのか覚えていなかったのだから、帰り道なんてさっぱり分からなかった。彼に助けられていなければ、間違いなく森で遭難していただろう。
「戦えないくせに一人で赤竜の森に入るやつがいるか。高難度エリアだぞ」
しかし後悔はなかった。全てが貴重な経験だった。ずりずりと引き摺られながら同い年くらいの少年に説教をくらうだなんて、森に来なければ出来なかった貴重な経験筆頭だろう。
「来て良かった」
「貴族様は話が通じないとはこのことだな」
面と向かって話の通じない馬鹿を見るような呆れ果てた目で見られるなんていうのも、初めての経験だった。普段は影でひそひそとやられるだけだったから、直接悪態をつかれるのはいっそ爽やかに感じた。
「……ん? あれ? なんで貴族って?」
「その魔道士のローブ、防具としての効果がAクラスだ。調合魔法で作った魔法布から出来ている、一種の魔道具だ。そんなもの庶民の子供は持ってない」
「へええ……」
魔道具に詳しいらしい少年の観察眼に驚いていると、森を抜け、王都を囲む城壁の前までたどり着いていた。
「じゃ、お城なりお屋敷なりに帰れよ」
「え? あ!」
そこで急に手を離され、バランスを崩して転んでしまった。盛大に。
「あ、おい!」
「いたた、わあ……!」
額からぼたぼた血が垂れるのさえも新鮮で面白かった。
「……これは俺のせいなのか?」
全面無罪だったが、天を仰ぎため息をつく少年に手を引かれ、王都の大通りから外れ少し小道へと進んだ。
そこには、大きな煙突のついたレンガ造りの民家があった。
「いいか、手当てしたらちゃんと帰れよ」
民家に入ると、いかにも魔女らしい姿をしたお婆さんがぐつぐつと鍋を煮込んでいた。
「ばあさん、こいつに青ポーション作ってやってくれ」
お婆さんは振り返り、私の姿に気がつくとニタリと口角を上げた。なんだろうかと身構えていると──
「なんだい馬鹿弟子その可愛いのは! ガールフレンドかい!?」
「ジャストフレンドです」
「ノットフレンドだ」
私の訂正にさらに少年が訂正を加えた。
「……って、ガール!?」
「そうだけど」
そして少年の反応から、何か勘違いをされていたことが発覚した。
「そういえば、恩人くんは名前なんていうの?」
「よくそれでフレンド名乗ったな」
「アッハッハ! 人類みんなダチだよ!」
フレンドリーなお婆さんの反応に思わずこちらも笑ってしまった。
「ユージーン・フォスター。見習い調術師」
「アタシはシェリアンヌ・フォスター。天才調術師で、ここの店主だよ」
冷静な少年の名前はユージーン、豪快なお婆さんはシェリアンヌという名前らしい。
「ええと、私はアマリ。……ただのアマリで、今日から暫くここのうちの子になりたいな」
「なんなんだその即断即決能力!?」
しょうもない冗談を言ってもひとつひとつ拾って返してくれるのが面白くて、ついつい揶揄うように口が滑って願望が漏れてしまった。
「良いよ!」
「おい!? 勝手に決めるなよばあさん!」
「本当!? よろしく! シェリーさんにジーンくん!」
「距離を詰めるな! 変なあだ名を付けるな!!」
何やら両手を構えたシェリーさんにおそるおそる両手を合わせてみた。ハイタッチだった。ちらりと視線を遣るとジーンくんは巻き込むなという目で見ていた。
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