第1話 竜と少年

 なんとなく、人付き合いが面倒だなと思ってしまう瞬間があった。


 のんびりとした魔法使いの国、ブライグランド王国。豊かで平和なこの小国に生まれ、恵まれた生活をしていてもなお、小さな不満というものが日々降り積もるのだから、人間の欲望というものは際限がない。


 十二歳の誕生日を迎えた翌日、窓の外を眺めながら、そんなことをぼんやりと考えていた気がする。

 そこまでは覚えている。


***


 ここは、のんびりとした魔法使いの国、ブライグランド王国。そこまでは良い。流石に国境を超えてはいないと思う。

「そして、ここは、どこだろう……?」

 突然に知っているはずの道が分からなくなって、気がつくと知らない場所に立っていた。幼い頃から私にはそいうことがしばしばあった。考え事をしていると周りが見えなくなる困った放浪癖に迷子の常習というやつだ。

 ただ、その日は随分と遠くまで行ってしまったのだ。

「木……、木……、木……、森?」

 おそらく郊外の森だと見当がついた。部屋を抜けだし、大通りを抜け、城壁を越えて、それなりの時間をかけてフラフラと彷徨い歩いたようだ。

 本来ならば、森で道に迷った時点で大いに慌てるべきだったのだけれど、生憎、迷子自体はとうに慣れっことなっていたため、さほど慌てることができなかった。美しい木漏れ日の中で、どこか夢見心地だったのもある。

 さて、どうしたものかと考えていたその時──

「……ドラゴン?」

 ぼんやりとした思考がはっきりとしてくると、ほんの数歩ほどの距離のところに、大きな赤い竜が寝転んでいることに気がついた。なんということだろう。

 足を止めた時にはすでに遅く、竜の目がぱちりと開いた。

 グオウと、咆哮が辺りに響き、獣たちが忽ち逃げていく音が聞こえた。

 私もすぐに逃げ出すべきだった。

 しかし、私は陽の光に照らされる竜から目が離せなくなっていた。何故かといったら。

「……かっこいい」

 その姿が、あまりにも格好良かったからである。

 岩を蹴り上げる力強い爪、鋼をも噛み砕く鋭い牙、はためくだけで突風を巻き起こす巨大な翼。奇跡のような美しい造形の魔物だった。

「かっこいい!!」

 興奮に拳を握り締め、眼前に迫ってくる炎に見惚れていた時。

「馬鹿かお前! 逃げろ!」

 一人の見知らぬ少年が、何か綺麗な青い宝石を投げてよこした。宝石は竜の頭上に落下するなり強い冷気を放ち、炎を飲み込み、巨大な竜をまるまる氷漬けにした。

「あ……」

 氷漬けになった竜を前にして、ようやく真っ当な思考が戻った。

「怪我は?」

 肩を掴まれて振り返ると、そこにはクールな雰囲気を纏った黒髪の少年が居た。

 しかしよく見れば息を切らし、酷く慌てた様子だった。行動からして、多分良い人なのだろうなと思った。

「……ありがとう……」

 数刻ほど理解が追いつかず、ぼんやりとお礼だけを口にした。そして息を整えて、少年に尋ねた。

「ところで、この魔物の巣ってどこにあるの?」

「は?」

「この、恐ろしく綺麗な生き物が、たくさんいる場所ってどこにあるの??」

 好奇心のままに、最高の極みとも言える素晴らしき魔物がとにかく大量に生息している場所の情報を求めた。

「本物の馬鹿だろお前!」

 探索を続けようとした私の首根っこを掴んで森の外まで引きずってくれた彼は、後になって考えても本当にとてもとても良い人だった。

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