第92話 地下7階

 地下7階のT・Cクラスでは 岩清水 流聖 がイメージトレーニングに励んでいる。このクラスにも直ぐにでもプロディガルとして、活躍出来そうな玉子達がいるが、その中で流聖は皆と違っていた。

 それは、周りの人達と比べ群を抜いて能力に特化し始めたのだ。FeCMの後、流聖はミッションをクリアーした事により自信が付き、仲間とやり遂げたという精神の幸甚(コウジン)を覚えていたのだった。


 そして、そのイメージトレーニング中に「クレアの死」を聞かされた流聖は、同じ「水の使い手」として、心苦しい思いをしていた。しかし、その反面底しれぬ怒りも同時に感じていたのであった。

 クレアとは会った事は無かったが、周りの人からは話を聞いていて、いつか会って話しプロディガルとしてのノウハウを色々教授してもらおうと考えていた。だが、それも叶わぬ夢となってしまった。


 流聖は考えていた。何故怪物は地球に来て、何が目的で襲来し人を殺すのか。何もしていない人間をむやみに襲い、恐怖を与え殺す。人体が必要な訳でも無い。捕食する訳でも無い。何が目的で人類を苦しめるのであろうか。

 流聖の心は、仲間の死への悲しみと怪物への怒りで大きく乱れ不安定になっていた。人の心は強くなる、それには幾度もの悲しみや絶望を乗り切る事が必要だ。しかし、強さの裏は弱さであるが故に乗り切る事が出来ずに、心を閉ざしてしまう人も少なく無いのだ。

 心とは何処にある? 人の胸の奥にあるのか? 違う、脳ミソの中だ。全ては脳の中にあるのだ。考えて、考えて、考え抜くしか無いのだ。


 すると、T・Cクラスに本部から一本の連絡が入った。

T・Cクラスの講師をしている 金塚井 荒太(かねづかい あらた)がピアースフォンで出た。


金塚井

「はい、私だが何でしょう?」


 本部からの会話は、クラス内に流れている為、ルームメイト全員に聞えている。


本部:

「実は先日、水の使い手であるクレアさんがお亡くなりになられた件ですが、クレアさんの死を切っ掛けに数名のプロディガルが音信不通になったり、精神科に入院したりしているのです。プロディガルの全体数も減っている中で、応援要請にも支障が出始めています。特に水の使い手が少なく対応に困っています。そちらに誰か水の使い手の方はいませんか。?」


金塚井

「水の使い手なら何人かいますが、実戦が出来るまでに能力を使いこなせる者はいません。まして、クレアと同等なランクの人材に育つには訓練と実戦経験と素質が必要です。」


本部:

「それは充分に承知している所です。ただ、水の使い手は色々な状況に幅広く対応出来、現場では必要な存在でもあるのです。」

「無理なお願いと承知した上でお話しています、協力して頂けないでしょうか? もちろん新人の保証は約束しますので、誰かいないでしょうか?」


金塚井

「そんな事を言われましても、未熟な新人をいきなり危険な現場に出してくれと言われましても、どうぞとは中々言えませんよ。進んで行きたがる者もいるとは思えません。」


その話を聞いていた流聖が口を開いた。


流聖

「僕ではダメでしょうか? 僕ならいつでも大丈夫ですが。」

「現場が必要としているのであれば、迷っている場合ではありません。今直ぐにでも応援に入り、一人でも多くの人達を救いたいです。無駄な殺しは絶対に許せないです。」

「それに、僕もバカではありません。クレアさんの様なランクの高い人でも少しの油断で命を落としてしまう状況下である事は分かっています。」


金塚井

「うん・・・。君の今の能力なら実戦でも役に立つと私も思う。しかし、経験がゼロなのだ。経験の無い教え子を、戦闘に出す講師などこの世にはいないぞ!」


流聖

「では、何処で経験を積むのですか? 実戦に出て初めて経験となるのではないですか?」


金塚井

「それはそうだが・・・。」


 金塚井は一旦、自分と流聖のピアースフォンの音声を切った。そして、直接流聖に話をした。


「実戦に出た場合、命の保証は皆無となるのだぞ。それも踏まえての判断かね?」

「本部は新人の保証は約束すると言っているが、命の保証とは言っていない。それだけ、現場は危険であり何が起こるか分からないという事だ。断っても良いのだぞ。」


流聖

「はい、大丈夫です。問題ありません。」


金塚井は音声を入れた。


「サポーターと連携して自分が応援に入ってもダメな場合、他の応援者を呼んでもらう事だ。しかし、必ず応援者が来るとは限らない。その場合、その危機を一人で乗り切るしか無くなるのだ。」


「逃げるという選択肢ももちろんあるが、その場に守らなくてはならない「命」があった場合、逃げるという選択肢は無くなる。負けると分かっていても戦うしか無いのだ。その覚悟も君にはあるのか?」


流聖

「もちろんです。僕の気持ちに迷いなど無いのです。」


金塚井

「・・・。分かりました。君の想いは本物だな、目を見て分かったよ。」


「もしもし、本部の方。今から一名 岩清水 流聖 をプロディガルとしてそちらに向かわせます。後の事はお願いします。」

「流聖くん、是非頑張ってくれ。検討を祈っているよ。」


本部:

「金塚井さん、ご理解ありがとうございます。」

「そして、岩清水くんも勇気ある決意に感謝している。君の安全は私達が全力でサポートして行くつもりでいるので、そこはある程度任せて頂きたい。」


流聖

「心遣いありがとうございます。でも、プロディガルとして行く限り、皆さんと同じ扱いで構いません。僕の安全ばかり気にしていては、サポーターの方もやりづらいでしょうから。」

「そして何より、その事で他のプロディガルが危険な思いをしてしまうのは、僕も心苦しいので。」


本部:

「君はこれから初めての実戦に出るというのに怖くはないのか? それに、ベテランの様な発言には頭が下がるよ。すまない。」


流聖

「この中でも僕が一番の怖がり屋だと思います。実戦に行くのは本当に怖いです。でも、ここへ来てテストを受ける前に、古化さんに言われた事が有ります。」

「それは『怖がる事は自分を守る為の、一番の対処法である。』のだと。」

「僕の『座右の銘』になっているので、無茶な事はしません。」


金塚井

「そう言う事だ。自分より強い相手にいくら立ち向かっても勝てる訳が無い。仲間が来てくれれば別だが、それ以外は逃げるという選択が最大の防御になる。大事なのは死なないという事だからな。」


本部:

「では、岩清水くん。準備をして直ぐに2階の本部まで来てくれ。」


流聖

「はい。金塚井さん行ってきます。」


金塚井

「うむ・・・。」


 流聖は金塚井やクラスメイト達に簡単な会釈程度の挨拶をして本部へと急いだ。

クレアの死が招いたプロディガル離れ、戦闘への意欲低下が拡散しプロディガルの数が激減してしまった。特に「水の使い手」は現場では重要視されている様だ。


 流聖は急遽プロディガルとして戦いの場所に行く事となったが、金塚井が言っていた「実戦でも役に立つ」と言っていたが、何処まで役に立てるのであろうか。

怪物を倒し、人々を守れるのであろうか、それは本人にも分からない事である。


 分かっているのは、未熟なプロディガルでさえ現場に出されてしまう程、苦戦を強いられているという事である。

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