第87話 ヒョウの過去(息子との生活の中で・・・)
2人は幾日かぶりに自宅に帰って来た。ヒョウはしばらく休みをもらい、良の身の回りを一人でやってみる事に集中した。入浴、着替え、体のマッサージ、ベッドメイキング、洗濯と、やる事は山の様にあった。人一人の面倒を見る事が、とてつもなく時間が掛かり体力、精神力を奪われ、気の休まる事が無い事であると実感した。
そんなある日、食事の支度をしようと腕を捲ると右手首の内側にアザの様なものがある事に気が付いた。そのアザは何処かで見た事のある模様であった。
あまり気にもせず、ゆで玉子を作り氷で冷やそうと冷凍庫を開けたが一つも氷が無かった。ガッカリしたヒョウはシンクの中で水の入ったボールの中に入れたゆで玉子を指で混ぜながら「このボールの水が氷だったらなぁ~。」と思いクルクル回していた。すると、ゆで玉子が突然回らなくなった。「えっ」と思いボールを見ると、中の水が凍っていたのだ。
「いっ今のは何や!俺の手から何かが出た気がしたぞ。その瞬間にこの水が凍った感じがしたが、何やねんこれは?」
ヒョウは手を見るとキラキラしたものが少しづつ出ている気がする。そして、右手首のアザがハッキリと浮き上がっているではないか。その時思い出した。病院にいた時、自分が見ていた夢の中で彩に渡された「氷のダイヤ」と同じ模様であった。渡されて直ぐに手の中で溶けて消えてしまったが、それは確かにあの時渡された氷と同じ模様であったのだ。
「凄いやないか!彩。これは凄い事やぞ。お前が俺に渡してくれた氷のダイヤのお陰やな。おもしろいわー。」
その日を切っ掛けに、ヒョウは暇さえあれば氷を出したり砕いたり形を変えたりして操り、遊び感覚で彩からもらった能力を楽しんでいたのだ。
— 一本の電話 —
数日が経ち大分良の身の周りの事にも慣れて来た頃、ヒョウの携帯に一本の電話があった。
ヒョウ
「もしもし、黒崎ですが。・・・ちょっと待ってくれ、ハンズフリーにするから。」
普茂部
「もしもし、黒崎様の携帯でよろしいですか。」
「私はS・F・C(サイエンス・フュージョン・コーポレイション)の社長から言伝を頼まれました 普茂部 通(ふもべ とおる)という者です。社長も本当はお会いして話しが出来れば良いのですがと言っておられましたが、中々時間が取れず電話でしかも代役で失礼した次第ですが、少しだけお話を聞いて頂けますか?」
「今、そちらにカメラ付きの『フロート・ドローン』を寄こしますので。」
ヒョウ
「いきなり何やねん!人の携帯に電話してきてから、ドローンを寄こすって。何で俺の番号を知っとるんや? この番号は彩と良と仕事仲間の数名しか知らん訳やぞ。」
普茂部
「私達S・F・Cは国家と繋がりがあり、国から依頼された仕事も多くこなしています。特にリセに関係する業務は最優先で行っていて、管理も任されている訳です。」
「そして、リセを投与した人達の情報は全て調べ上げ、現在はどういう状況下で生活していて、私生活をどの様に送っているのかを詳細に報告する義務まで要求されているのです。」
「豹次郎さんも息子の良さんも既に、S・F・Cの管理下にあります。しかし、悪い意味ではありません。ただ『リセを投与したその後の報告が必要である。』のだと、思って頂ければ幸いです。」
ヒョウ
「国家だか何だか知らんが、俺と息子の何が知りたいねん? 俺はお前らに話す事なんて何も無いねん。知っとるんか、息子は今も意識が無いんや。何を知る事があるんや。」
普茂部
「その事なのですが些細な事でも構いません、息子さんやご自身の体や生活の中で普段と違った事は起きていませんか? 今までとは何かが違うという事があればお聞かせ願いたいのですが。特に変わった事などはありませんか?」
ヒョウ
「・・・。はぁん、そういう事やな。お前等の魂胆が分かったぞ。お前等、彩が俺に授けてくれたマジックが欲しいのやろ? そして、色々なマジックを披露出来る集団を立ち上げて国家レベルの『イリュージョン&マジック エンターテインメント』などを作って、全国を回り大儲けしようって魂胆やな。図星やろ!」
「そんな単純な口車に俺が乗っかる訳無いやろー。アホか。」
普茂部
「ハハハハハハハハハハ・・・。いやー黒崎さんは面白いお方ですね。想像力も半端じゃー無い。芸人になれる素質が有るのではないですか? でも、全然違います。」
ヒョウ
「じゃー何んでこの事を知っとるんや。このマジックは俺しか知らんことやぞ。まだ誰にも見せた事が無いねん。何故、お前らが知っとるや?」
ヒョウはそう言いながら、手から大きな氷の塊を出し手の平に浮かせている。それを上に上げたり、横にしたり、バラバラに砕いたり、固めたり、グルグルと回したりしている。
普茂部はフロート・ドローンのカメラ越しに全て見ている。本当にマジックを見ている様であり、凄いとしか言いようが無かった。普茂部もドキドキワクワクが溢れそうであったが、興奮を抑える事で精いっぱいであった。
ヒョウ
「お前らが欲しいのはこれやろ。 このマジックの全貌が知りたいのやろ?」
「これはな・・・俺にもさっぱり分からん事や。でもこれは、彩が俺に授けてくれたものだと思っとる。その証拠に、この右手首には彩からもらった氷のダイヤがハッキリと浮き出とるのや。」
「ちゃんと見えとるんか? このへんちくりんな機械で。右手首のダイヤのアザは映っとるんか。凄いやろ、前よりもハッキリ浮き出とるんよ。かっこいいよなこのアザ。」
普茂部
「黒崎様、それですよ。それが見たかったものです。素晴らしい、もうその様な所まで。この目でハッキリと見届けました。私が思っていた以上に素晴らしかったです。」
「他にはどの様な事が出来るのですか? その右手で操っている氷の他に。」
ヒョウ
「ハァ? このアザの事やないんか。この氷の事か? アザを自慢して損したわ。これが何だっていうのや。ただの手品やぞ。て・じ・な。どうしてこうなるのかは、俺にも分らん。」
普茂部
「そうですね、黒崎様にはご説明が必要であると思いますので、そちらに迎えを寄こします。S・F・Cまでお越しください。」
普茂部がその言葉を言って直ぐの事である。部屋の中から窓越しにフロート・ドローンを見ていた直ぐ後ろに、家くらいはあろうかと思われるドデカイドローンが上から降りて来た。すると、ドローンの中からスタッフが出て来てヒョウの部屋まで入り込み、ヒョウと息子を丁寧に誘導しドローンに乗せた。
ヒョウは夢でも見ているかのような手際の良さで、気が付いた時にはS・F・Cに向かうドローンの中にいたのだ。
こうしてヒョウと息子はS・F・Cに拉致された。いや、送られた。
その後S・F・Cからの提案で、ヒョウはプロディガルになる事を条件に、息子の身の回りの世話を全てS・F・Cで行うという約束を交わしたのであった。
しかし、ヒョウの心の中には「プロディガルに見捨てられた。」という妻の事に対しての憎しみの様なものがあり、上手く心をコントロール出来ないでいるのだ。
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