第86話 ヒョウの過去(バカな真似)

 すると、ヒョウは病室にあった治療用の液体の入った注射器を取り自分の首に打ち込んだ。自殺を図ったのだ。注射の液体は全て入り、そのままヒョウは意識を失った。そしてヒョウは、死ぬ間際にみると言われている夢を見ていた。その夢は、昔ヒョウの身に実際に起きた時の夢であった・・・・・・・・。



 — 夢:過去にヒョウの身に起きた出来事 —


 【大きな業務用冷凍庫の設置が終わり、試運転の状況を確認する為に数名の仲間と内部の点検をしていた。しかし、そこへ強風が吹き冷凍庫の扉が閉まってしまったのだ。閉じ込められた数名は必死に脱出する方法を考えたが、結局見つからず外からの救出を待つしか無かった。


 寒さで意識を失わない様に声を掛け合っていたが数時間後、誰の声もしなくなった。気になったヒョウは周りを見たが、自分以外の仲間は皆凍り付いていたのだ。ヒョウは以前から寒い場所にはめっぽう強く、極寒の中でもタンクトップ一枚でも平気な位、耐寒性に優れていた。ヒョウは仲間を見ても泣くに泣けない。泣けば涙が凍り付いてしまう。グッとこらえていた。

 

 冷凍庫に閉じ込められて2時間半くらい経ったであろうか、ヒョウは腹が減ってきたので食べ物を探したが、設置したばかりの冷凍庫に食べ物などあろう訳が無い。

何か無いかとジャンバーのポケットを探ったら、何と昼に取っておいたバナナが出て来た。これはラッキーと思いバナナを食べようとしたが、バナナは釘が打てるほど固くなっていて食べられた物では無かった。そう、冷凍庫の中は大分前から-15℃を表示している。


 ヒョウは「死ぬ時は皆一緒だ。」と思い、凍り付いた仲間を自分の元へ集めようと移動をしていた。その時一人が座った体制から倒れてしまった。すると、その仲間の腰にあった何かの機械が点滅し出した。そして、10分後冷凍庫の扉が開き奇跡的にヒョウは救出されたのだ。


 その点滅していた機械はジャイロセンサーと言い、人体に取り付けたセンサーが60度傾くとスイッチが入る機能になっている。何かの原因で当事者が倒れた時に、外部に知らせる緊急発信機だったのである。】


 【しかし、冷凍庫の扉が開きそこに立っていたのは1人の女性だった。その女性はヒョウの妻であった。


「彩、どうしてお前が助けに? 何でここが分かったんや?」

「それは、あなたの妻ですもの当り前よ。でもここに来た理由はあなたに伝えなくてはならない事があるからなの。」

「あなた、私とはここでお別れよ。私とあなたでは進む道が違うの。私はこっちで、あなたは向こうよ。」


「嫌だ。ダメだ、俺もそっちへ行く。彩と一緒に行く。頼む一緒に行こう、これからもずっとや。」

「あなた、それじゃ子供じゃない。フフフフ。しょうがないわね、これを渡すは。これは、あなたの為に作った氷のダイヤよ。これを私だと思って大事にして。いつかまた、会える日が来るからそれまで待っているわね・・・。」

「彩、待ってやー。行かんといてくれー・・・。彩ー--!」

 彩がくれた氷のダイヤは大事にする処か、ヒョウの手の中で溶けて消えていった。】




そして、目が覚めた。ヒョウは死のうとしたが死ねなかった。それは、妻にまだ来るなと言われた事が原因だと分かった。しかし、現実を受け入れられないヒョウは病室のベッドから起きると、手術室に走って行った。

 医者と看護師の静止を振り切って部屋に入ると、目の前にある「メス」を取り二度目の自殺を図ったのだ。


ヒョウ

「彩、待ってろや!今そっちに行く!」


 そして、自分の腹にメスを数回刺したのだ。腹部に激痛が走り、かなりの出血があった。服は真っ赤な血に染まり、激痛でその場所に倒れ込んだ。今度こそ、妻と子供の所へと行けると思い、自らの命を絶った事に対し罪悪感は微塵も感じなかったのだ。


ヒョウ

「ヘヘヘ、死ぬってこんな感じなんや。大した事無いな。痛みもよう分らんくなってきたし、寒さも感じない。終わりや。周りの声も遠くになってない・・・。彩の声も聞こえ・・・ねーな。意識も薄くなって来て・・・ねーな。」

「これって、さっきの看護師のこえやな。どうして意識もはっきりしてて、痛みも薄くなって来てるんや。俺は死ぬのに何故や? どうしてや?」


看C

「黒崎さん、黒崎さん。もう、病室へ戻って下さい。ここは手術室です。部外者は立入禁止ですよ、今手術中ですから邪魔しないで下さい。」


ヒョウ

「な何言っとるんや、俺は死ぬんや。その為に自害したんやぞ。こんなクソみてーな世の中もう終わりにするんや。」

「何故死ねない? 何故邪魔をする。ほっておいてくれ、この世の中に未練なんて無いんや。」


その時一人の看護師がヒョウの頬を叩いた。「バシッ!」


看A

「黒崎さん、しっかりしてください。馬鹿なマネをしないで下さい。あなたには守るべき人がいるのですよ。あなたが死んでしまったら、誰が息子さんを守るのですか。」


ヒョウ

「息子・・・。良は生きとるんか? 妻と一緒に死んでしまったのではないんか?」


看A

「息子さんは生きています。当初は怪我もひどくこのままでは確実に死んでしまうところでした。しかし、ある薬品を息子さんに投与しました。」


ヒョウ

「ある薬品? 何やその薬品ちゅうやつは。それを投与するとどうなるんや。」


看A

「それは、あなた自身が証明しています。」


ヒョウ

「俺自身が? どういう事や、詳しく説明してくれへんと訳が分からんぞ。」


看A

「あなたは、この病院へ来て病室で奥様の死亡の話を聞かされました。そして、息子さんも死んでいると思い込み自分も死のうと、ご自分の首に注射をしましたね。何の薬かも分からずに。」

「その薬は息子さんに投与されたものと同じ物です。その薬品名は「リセ」という薬品です。人類が手にした最も希望が持てる未知の力を秘めた素晴らしい薬なのです。」


「この薬を投与された人は、個人差はありますが傷や骨折、神経、筋肉、血管の損傷も直ちに治癒し再生をします。また、失われた視力が戻り動かなかった手や足も動く様になるのです。先天性のもの以外は。更に投与後に、夢を見る事でリセが脳から受けた信号を遺伝子を経て各細胞に指示を出す事により、細胞の覚醒的新化が起こる可能性が有るのです。」


「あなたが自害した時に死ねず、メスで切った傷が治り今もこうして立っていられるのはリセの能力が体に宿ったという事になります。」

「だからリセの効果により息子さんも一命は取り留めました。体の傷や受けたダメージも検査結果からは異状も無く、今も生きています。しかし、意識が戻らないのです。原因は分かりません。何処にも異常は見られないのですが、意識だけが戻らないのです。」


「それと、リセの作用も死んでしまった生き物を復活させる事は出来ないのです。リセを投与する条件として一番重要なのは『命が尽きてしまう前に投与する事』なのです。」

「奥様はここへ運ばれた時には既に息を引取られていました。」


ヒョウ

「・・・。頭がおかしくなりそうや。受け入れられない事が多過ぎて思考が付いて来んわ。」

「病室に戻り彩と話してくるわ。良の事もあるし、相談しないとラチがあかんわ。」


看A

「ちょっ、奥様は・・・。」


医師

「良いから少しほっといてやりなさい。彼はもう馬鹿なマネはしないだろう。守る人がいるのだから。自分の気持ちにけじめを付ける為に、奥様とお別れをしてくるのだと思います。」


 看護師Aは、医者に言われた事でヒョウの気持ちを知り「けじめ」の大切さを深く考えさせられた、出来事であった。


病室に戻ったヒョウは・・・・・・・・・・。



ヒョウ

「彩、いつも家事や子育てを任せっきりにしてしまってすまんかった。頼りたい時にそばにいてやれなくてごめんな。こんな危険な事が起こった時に一緒にいてやれなくて本当にすまん、堪にんや・・・。何か俺さっきから謝りっぱなしやな。


もっと、3人で一緒に何処かへいったり、旨い物食ったり、音楽聴いたり、したかったなぁ・・・。それももう出来ん事や。」


「俺達3人のルール(約束、決め事、絆)は、もう終わりや。おしまいにする。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。よっしゃー。」


「だが、これからは俺と良との2人で新しい事を作って行く。お前の分まで、3人でいた時と同じ様な強力な絆を作って行く。天国から見とってくれ、お前に笑われんような生き方を2人で築いて行く事に決めた、約束する。」

「でも、いつもお前が言っていた『出来ない事なんて無い。出来ないと思う気持ちが出来なくさせるだけだ。』この言葉は引き続き継続や。良を必ず目覚めさせる!」


「これが、先ず最初の約束や。お前は安心して天国から見てくれているだけで良い。」

「じゃー、俺がそっちに行くまで待っといてくれな。バイナラ・・・。」


「良、お前まで俺を1人にせんといてくれな。今は意識が戻らんでも良いから、絶対に死ぬな。必ず俺が何とかする。今は休んでいろ。」

「俺が必ずお前の心を取り戻したる。」


 ヒョウは妻である彩と別れの言葉を交わした。3人でいた時のルールに終わりを告げ、新たに2人のルールを作る宣言をして「げじめ」を見せた。ヒョウなりの、ヒョウらしい「けじめ」のつけ方であった。

 ヒョウはベッドで眠る良の手を握りながら寝てしまった。シーツを濡らしながら。


 数日後、妻の葬儀が行われた。身内だけの細やかな葬儀であった。そこには、意識は無いが車椅子に乗せられた良の姿も有り、2人は火葬される彩にお別れの手を合わせたのだ。

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