第85話 ヒョウの過去(絶望)

 ヒョウ(黒崎 豹次郎 クロサキ ヒョウジロウ)は以前、妻と子供の三人家族で毎日幸せに過ごしていた。豹次郎の仕事は工業用冷凍庫の運搬、設置を主にしていて、殆どの業務を地方や遠方で行っていた。その為、長期で出張に行く事もあり家に帰れない事も多かった。家事と育児は妻に任せきりになっていて、その事を豹次郎は心配していた。


 元々息子の「良(リョウ)」は体が弱く何かあると病院に掛かっていた。しかし、最近では体力も付き外で遊ぶことも多くなり安心感も出て来ていた。


「あなた、良もすっかり元気を取り戻したわね。一時は気を病む程弱かったけれど、最近はホットしているわ。そこで相談なんだけど、良の体力温存の為に何か習い事をさせた方が良いと思うのだけど、どうかしら?」


ヒョウ

「そうやな、良いんじゃないか。それなら、俺も習っていた『カンフー』なんかどうや?」


「えっカンフー? 憲法なんて良にとって野蛮ではないかしら。もっと、野球とかバスケとかではダメなの?」


ヒョウ

「お前と俺が出会って付き合い始めた頃、チンピラに絡まれた事あったよな。覚えとるか?」


「もちろんよ。ガラの悪そうな人達に因縁つけられてお金取られそうになった時よね。」


ヒョウ

「おう、そうや。あの時はお前もいたし三人相手では流石の俺も勝てるとは思えんかったから、金を渡して事を済ませようとしたんや。でも真面目に金が無くて小銭しか持っとらんかったんよ。」

「初めてのデートで金が無いなんて、そんなカッコ悪い所お前に知られたら大変やと思い、一か八かで喧嘩をしたんや。そしたら、あっちゅう間に方が付きよって、これは長年習っていたカンフーのお陰やなと思ったんよ。」

「俺は、これでも中坊の時『瞬殺の黒豹』と一目置かれていたからなぁ~。」


「あれ? おかしいわね。お金が無いのは、喧嘩をした相手に怪我を負わせてしまったからって、病院代を渡したんじゃ無かったの?」


ヒョウ

「その時はそう言った方が、かっこええと思ってつい出てしまった言葉や。」

「でもカンフーのお陰で俺にもお前にも怪我が無く済んだのやから、良かったやろ。」

「という事で、良にもカンフーを習わせた方が今後、俺達の様な事が起きたとしてもや、彼女や大事な人を守ってやれたりするやろ? どうや?」


「そうね。私もあなたに守ってもらった様に、良も大事な人を守る事が出来る大人にあこがれているわよね、きっと。」




     — 数か月が経ち —


ヒョウ

「良はどうや。カンフーは真面目にやっとるんか?」


「ええ、カンフーを習いに行くの毎週楽しみにしているわ。あなたみたいに強くなるんだーってね。」

「パパがいない時に悪い奴が現れたら僕がやっつけてあげるからねって。ママは僕が守るからって、いつも言っているわ。フフフフ。」

「何だかカンフーを始めてから弱々しかった良から、逞しい良になった気がするの。」

「カンフーを薦めてくれてありがとう、あなた。」


ヒョウ

「ほんまかぁー!そんな事を良がかぁー・・・。じゃーもっと大きくなったら俺と勝負やな。」

「そん時はお前が審判を頼むで。俺は良に気付かれん様、やられる事に集中するから。」


「任せておいて。私も良に分からない様に、上手に判定をするわね。」


ヒョウ

「ハハハハハ。じゃ仕事に行ってくるで。」


「行ってらっしゃい。」



       — 絶望 —


「もしもし、黒崎さんですか? 黒崎 豹次郎さんの携帯でよろしいですか? 私は病院の者ですが、落ち着いて聞いて下さい・・・・・。」

「奥様とお子様が怪物に襲われました。」

「直ぐに当病院へ来て頂けますか?」

「住所は三重県〇〇市〇〇・・・・連絡先は053-〇〇〇〇-〇○○○・・・。」


 ヒョウは電話の内容を聞いてはいるが内容が全く入って来なかった。しばらくしてハッと我に戻り、病院の住所を聞き直し車を走らせた。


ヒョウは車を運転しながら体中が震えていた。今、自分が何処を走っているのか、何処へ向かおうとしているのかが、分からなくなるくらいに精神が不安定だった。只々ナビゲーションに従いながら車を操作しているだけである。一時停止を止まったのか、信号は青で渡ったのか、キチンと左走行をして来たのかさえ全く記憶が無い。


 しかし、車は目的地である病院の前に止まった。まだ足が震えていた。

外で待機していた病院の関係者がヒョウの車まで来て言った。


看A

「黒崎 豹次郎さんですね。早くこちらにお願いします。」


 と言って、ヒョウを病室まで連れて行った。病室の前まで来たヒョウに対し看護師は中へ招き入れた。中に入ったヒョウの目の前にはベッドが二つ並んでおり、一つは大人一つは子供であると直ぐに分かった。


看B

「私達も全力で処置をしたのですが、残念ながら心臓が動き出す事はありませんでした。病院に運ばれて来た時には既に心肺停止の状態で呼吸も止まっていました。」

「現場にいたプロディガルに聞いたのですが、現場に到着した時には周辺が荒らされていて、それを止めようと怪物と戦ったのですが、一人では手に負えず仲間を待っていた状態でした。しばらくすると、仲間が来て戦いを再開し始めたのですが、結局逃げられてしまったそうです。」

「周辺の建物などは破壊され大変な惨事であった様です。そこに、奥様とお子様が倒れていたとおっしゃっていました。」


ヒョウ

「何やと、そのプロディガルは直ぐに怪物と戦ったんやと? 怪我人の確認や無いんか? そして仲間を先に呼んでおいて、救護班は読んで無かったやと。」

「先ずは怪我人の救護やろ!人命救護が一番先では無いんか?」

「何故、仲間を呼ぶ方が先なんや? 順番が違うやろが。そこで救護班も同時に呼んでおけば助かっていたかもしれんのやぞ?」


「おかしいやろ、そんな事。そのプロディガルは怪物と戦って勝利したい、皆に讃えられたいという自己の欲求を満たしたかったのやろ。」

「妻と息子はプロディガルに見捨てられよったんや・・・クソー・・・。」


看B

「いや、彼らも見捨てたとかでは無くて、一人ではどうする事もできな・・・。」


ヒョウ

「こんな世の中もういらんわー!妻と息子がいない生活なんかいらん!生きている意味がないねん。おしまいや、終わりや、全て終わりにしてやるわー!」

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