第5話 ラクス修道院で、賑わう

 ジャンヌは覚醒したとは言えないけれど、私の過去の記憶が確かなら、リザードマンと、オーガ、大きな角を持った鹿の魔物、ワイバーンたちがこのラクス修道院に攻めて来る。院長先生を始め、みんなソワソワしている。ゲームでは、十数人の修道女が命を終えた。それでもジャンヌだけで、魔物たちを退けた。確か修道女の死がきっかけになって、聖なる結界を張る事が出来たんだわ。そう、どちらにせよ、そういうイベントなんだけど。今、ここには私がいる。リアーネたる私が。だから、誰も死なせないわ。それに魔物達だって。無闇に殺してしまってはロキが悲しむかもしれないし。そうよね。こういう時はどうすればいいのか?


 不思議と私はまるで誰かに語りかけるように白蛇様の名前を口にしていた。「白蛇様・・・今、起きている問題は。その魔物達が攻めて来ようとしている問題は私と貴方様のどのような記憶が原因になっているのでしょう?どうか教えてくださいませ、白蛇様。そして今日も命をいただきまして、ありがとうございます」いつの間にか目を瞑り、両手を組んで、膝を床につけて祈っていた。誰かの気配を感じ、右隣を見ると、綺麗な長い赤毛で、青い瞳をしたジャンヌが、私と同じように床に膝をつけて、目を瞑り、両手を組んで祈ってくれていた。今日もハッキリと白蛇様が見える。


 私はそっと右手を上げて、ジャンヌの頭を撫でた。院長先生の足音?ううん。他にもお姉様方の足音も・・・。みんなどうしたんだろう。ここはラクス修道院の東の離れ。一番最初に朝日の入る場所だ。朝のお祈りを捧げるには適した場所と言える。白いテーブルにはクチナシの花が花瓶に生けてある。誰が生けてくれたのか、ガラスコップの花瓶にちょこんと生けられたクチナシの花はどこか恥ずかしがっているように見える。私の場所からちょうど斜め、まるで顔を逸らしたかのように見える。きっとそれは移動して正面から見れば、別の顔が見れる事だろう。それでも、偶然だとしても恥ずかしがって見えた事に意味を、喜びを感じたい。花言葉は喜びを運ぶ、とても幸せ。そう、きっとクチナシの花が見せてくれた奇跡を私は喜びたい。


「リアーネ!」と、院長先生の甲高い声が響く。

「どうしました、院長先生」と、私は立ち上がる。院長先生はメガネをあげてから話し出す。「北東の岩山に続々と魔物達が集まっています。きっとここに魔王クロムウェルがいると知っているのでしょう」と、院長先生は言う。

「魔王?ロキの事ですか。魔物達がやって来ても、ロキは魔王として復活しません。私の従属ですから。どちらにしても、院長先生。此度の魔物退治に当たり、王国は傭兵達を雇うために莫大な補償金を下さったと聞いています。そのお金の三割でいいので私に預けていただけないでしょうか。進軍してくる魔物達を追い返す、または退治してご覧に入れましょう。私がラ=ピュセル村でグレードボアを十頭ほど退治したのはすでにお耳に入っているのでしょ。どうですか、院長先生?」と、私は言う。

「か、数が全然違うのよ。それでもやると言うの?」と、院長先生は私の肩をつかみ、私の目を見つめてくる。

「ええ、もちろん。出来ない事は言いません。それに私の手柄にして欲しく無いのです。此度の事はここにいるジャンヌの手柄に」と、私は右隣に来ているジャンヌを見る。ジャンヌは首を横に振っている。「ジャンヌ、これはあなたにとって必要な事なの。どうか受け入れて。聖なる結界を張るだけでも魔物達は逃げて行くわ。私と一緒に練習すればきっとできるから。ね、お願い。」と、私はジャンヌの両手をつかみ、ジャンヌの目を見つめる。ジャンヌは首を縦に・・・ゆっくりと、頷いてくれた。

「聖なる結界?聖女様の真似事をリアーネができると言うの?」と、院長先生はメガネをクイっと上げて私を睨んでくる。

「女神ガブリエラ様をここに降臨させるだけで事は済むかと思います。少々大きな結界になりますので、この部屋にあるクチナシの花を五十束ほど購入していただければ。やってみせますよ」と、私は院長先生を見る。

「わ、わたくしは見ました!リアーネが女神ガブリエラ様を紫陽花の花に降臨させるのを!その紫陽花は金に輝き、今もラ=ピュセル村の教会にあります!ホントなんです。すごいんですから!」と、ジャンヌは熱く語ってくれる。

「フン。ラ=ピュセル村で大聖女と呼ばれたのはそう言う理由わけがあったのね。まだ納得は出来ないけど・・・いいでしょ。用意しましょう、クチナシの花を五十束。それでいいわね」と、院長先生は私の顎を上に上げて、私を見つめる。

「はい、院長先生」と、私はそのまま院長先生を見つめ返す。院長先生は頷き、後ろにいるお姉様二人を見て、

「よろしい。マネ、リラ。聞いていたわね、ボークリュール(北北西にある砦のある港町)の花屋まで行って買って来てちょうだい。護衛がいるなら傭兵を呼んでもいいから。分かった?クチナシの花を五十束よ。それとも別の花でもいいのかしら、リアーネ」と、院長先生は突然後ろを振り向いて聞いてくる。

「ええ、数だけは揃えて欲しい。うん。別の花が混ざっても大丈夫ですよ、お姉様」と、私は院長先生の後ろにいるお姉様達に聞こえるように声を出す。

「そう言う事だからよろしくね。マネ、リラ。」お姉様二人は裾を持ち上げて礼をして部屋を出て行った。院長先生は再び後ろを振り向き、「リアーネ・・・魔力の無い貴女に不思議な事が起きているわね。正直、貴女の言う神様は私には理解出来ないけど。今回は、修道院の命運を貴女に賭けてみる事にするわ。まあ、魔王を従属にした時から信頼はしているけどね。もうすぐ朝ご飯よ、朝ご飯の準備は新米修道女の役目。忘れずにやりなさい。聖女だからと特別扱いはしないわよ」と、院長先生はそれだけ言うと部屋を出て行った。


 ふぅーっと私は息を吐き出す。まるで嵐が立ち去ったかのよう。そうねぇ、今日はコンソメスープで、私の好みだし。お手伝いして来ますか。「行こう、リアーネ。」と、ジャンヌは私の服を引っ張る。「そうね。行こうと思っていたところよ」と、私はジャンヌの手をつかみ一緒に部屋を出た。

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