第2話

 ピピピ、と電子音が鳴る。

 ベッドの中が、もぞもぞと動き出す。


「んぅ……」


 布団の中から、触手が伸びる。そのまま、目覚まし時計を止め、少女を起こす。


「ふわぁ……おはよぉ…」


 紋様の付いた四本の触手によって朝の準備が進められる。

 少女の名前は相野優黄。触手を操る魔法少女だ。


「んー……」


 意識が完全に覚醒する前に、朝の準備は終わった。五感のうち、触覚しか残っていない少女は、いつも触手に世話をされているのだ。


「よし、じゃあ行こっか」


 私服に身を包み、朝食を済ませ、リュックサックを背負って家を出る。


 優黄は、魔法少女になった時、五感のうち触覚以外無くなってしまった。正確には、四本の触手がその役割を奪ってしまったのだ。

 ただ、触手達は優黄の絶対の味方なので、目の代わり、鼻の代わり、耳の代わり、舌の代わりとして動いている。

 そんなことを周りの人間が知るはずもなく、目を瞑っている優黄が、何のアシストもなく歩くのは不自然極まりない。そのため、白杖を使用している。


「おはよう相野さん」


「ん、おはよぉ、月ちゃん」


 優黄の通っている高校は、定時制の学校だ。朝から昼までの、ほんの数時間で終わる。さらに言えば、ここは田舎だ。生徒も教師も、全て合わせて三十人もいない。

 そんな中で、唯一優黄と同い年の同級生、一条月いちじょうつきは、交友関係が少ない優黄の数少ない友達である。


「今日買い物に行くのだけれど、相野さん、付き合ってくれない?」


「いいよ、何買うの?」


「お母さんから、服が少ないから買いに行けって言われたの」


「たしかに、ローテーションで着てるもんね」


 優黄の通っている高校は私服登校である。そのため、月の私服事情を知っている優黄は、数少ない友達のため、友達のお母さんのため、精一杯手伝おうと気合いを入れる。

 ちなみに、月は優黄の目について、詳しくはないが知っている。月が察し、優黄がぼんやりと教えたのだ。






「今日は満月なんだ」


 魔法陣のような紋様が付いた触手と共に、月光の下で輝く銀色の髪を持った少女、相野優黄が、月を見上げる。足元には大量の兎が転がっていた。


「な、何なんだお前は……!?」


「んー?それは、こっちセリフだねー」


 怪物、世で言うモンスターである兎が大量に発生していた。一匹で十分脅威な兎が大量にいる事だけで異常事態のそれは、その集団をいかにも怪しい男が率いていた。


「くそ…!お前なんて聞いた事ないぞ!ふざけるな!」


「そんなこと言われても、私もあなたをしらないよー?」


「当たり前だろうが!」


 怪しい男は怒鳴ると同時、どこかから取り出した銃から四発、優黄に撃ち放つ。

 その弾を、紋様が付いた4本の触手が掴みとり、優黄を守る。


「とりあえず、気絶させよーか」


「なめんっ——」


 言う途中、後ろからの強い衝撃により、『ガッ』と呻めき、倒れ伏す。男を襲ったのは、一本の触手だった。


「あとは、所属の覚醒者さんにまかせよっかー」


 政府の、覚醒者を集め、管理し、モンスターを駆除する組織、対魔物特殊武力組織に所属するヒーロー、もしくは魔法少女が向かってきていると触手に教えられた優黄は、『この人が犯人です』と彫られたコンクリート板を男の近くに置き、さっさと帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る