触手系魔法少女です

不定形

第1話

 人のいない廃墟の中。闇が、蠢いていた。


『ふざけやがって!なんなんだよ理不尽がッ!』


 蠢く闇から逃げ惑う人…否、人の姿をした怪物が、ぶち抜かれた天井から差す月光の下に現れた。

 怪物が出てきたその後ろから、足音が響く。


「かくれんぼの次は鬼ごっこ…次は、何するのー?」


 月の光に照らされたその姿は、壊れた、月の女神の様な少女だった。

 小柄の体躯と、それを包み込んでいる黒色のローブ、すれ違う人々が皆振り返るほど綺麗な銀髪は腰まで伸びており、神秘その物のよう。庇護欲を駆り立てる雰囲気を纏う少女は、しかし同時に、異質で近寄り難い"モノ"を持っていた。

 両目、両腕、両足を隠すように巻かれた包帯、背中からは数えるのが馬鹿らしくなるほど、触手が生えている。


『くそ!くそ!何が「触手に頼り切っているから付け入る隙がある」だ!?"隙間"なんてどこにもねぇじゃねぇか!!』


 差し込んだ月光の真ん中で、怪物は叫ぶ。空気中から、空気中の魔力から、空気の矢を放ちながら。


「まあ、それしかする事はないよねぇ」


 苦し紛れに放たれた、三本の不可視の矢。銀髪の少女が当たればひとたまりも無いそれは、触手によって握りつぶされる。


「うん?…そうだね、早く帰ろーかぁ」


 気の抜ける、間延びした喋り方で、少女は先端に紋様がついた触手と会話する。

 完全に怪物から意識が逸れた、ほんの一瞬。それは、油断と言う名の隙。怪物が、見逃すはずもなく………動き—————


『もらッ!』


 —————出す、瞬間。12方から飛び出す鋭利な触手が、眉間に、喉に、心臓に、骨盤に、一本ずつ。四肢二本ずつ。刺し貫いた。


「じゃあ、他の人がくる前にてっしゅう!」


 右手を振り上げ、そう高らかに宣言すると、蠢いていた闇は音もなく、どんどんと引いて行き、後には静かな唯の、暗闇が広がっていた。


 それを見届けた少女は、四本の紋様の付いた触手に乗り、静かに旅立った。


 彼女の名は、相野優黄あいのゆうき

世界で少ない覚醒者。




 これは、民衆に、ヒーローだの、魔法少女だの、希望だのと呼ばれているモノになった、触覚意外の全ての感覚を失った、最も強く、最も護られるべき少女の話。

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