第23話 遥かな時を超えて

魔王様に課されたミッションには一つ大きな問題が残っていた。

一番に確認しなければならない事、つまり俺とノアーナは同一ではない可能性が高いという事を。


それを確認したかったのだ。


魔神眼の能力で見ると、そのモノの本来の魔力、といか構成する色が分かる。

感じる事のできた魔王ノアーナの色は核が漆黒でその周りを白銀が纏っている。

ネルたちの中に感じた色も同じだ。


ロロンもコロンも、何ならミナト、ノニイ、エルマ、カリン、ミュールスの中にも、彼女たちを構成する色は様々だが、全く同じ色が混在していた。


しかし姿見で見た今の俺は『琥珀色に緑色』が混ざっていた。

能力値の中に隠れている色があるようだが、今の段階では確認ができない。


転生したから、本当の色が出ていないだけかもしれないし『佐山光喜』本来の色なのかもしれない。


ネルたちから取り込めば、強い力だ。

その色に染まるのかもしれない。


だけど…


あのステータスを見て、俺はどうしてもノアーナとは別人であると思わずにはいられなかった。


沸き上がる恋慕の記憶まで植え付けやがって!?


俺はもう一度、ノアーナが消えた空間を睨み付け、問いかけた。


「いいんだな?お前が愛したネルを、今から抱くぞ!あんなことや、こんなことも、してしまうからな!なっ、何なら、もっとイヤらしいことも…」



「なんだよっ!良いのかよっ!?大切な人なんだろっっ!!?俺みたいな陰キャで童貞に、汚されても良いのかよ?…って、くそっ、言ってて情けなくなってきた」



「何とか言えよ!聞こえてるんだろ!?おいっ!!」



「…頼むよ…何とか言えよお…お、俺だって…意味わかんねえけど…200年前の記憶があるんだよ…思い出したんだよ…もう、たまらなく好きになっていたこと…思い出してしまったんだよ!…」



「…イヤだ…ネルが他の誰かに触れられるなんて…抱かれるなんて…」

「…そんな世界、滅ぼしたくなる!」


刹那、俺の体の中から膨大な魔力があふれ出した。

白銀をまとう、漆黒の魔力が。

魔力の圧で、部屋の調度品がガタガタと音を立てた。


「…へっ?…」


慌てて俺は姿見を確認してみた。


「まっ、魔神眼っ!」


姿見に映る俺の色は、さっき見えた琥珀色に緑が混じるものから、数倍大きくなって、核が漆黒で、まとうように白銀が煌めいていた。


「っ!!?」


ふいに頭の中に、200年前の情景が浮かび上がってきた。


どこか近代的な、センス良い調度品が置かれた部屋で、25歳くらいのノアーナと、白銀に光る髪が印象的な光の神アルテミリスが向き合っていた。

すると情景の中のノアーナと目が合った。


「たくっ、わかんだろ?『虚実の権能』だ。馬鹿野郎手間かけさせんな。悔しいが俺も同じ気持ちだ。俺以外にネルは触らせない…くそっ、おまえは間違いなく俺だ!頼んだぞ」


ノアーナが目線を外すと、情景は消えていった。


ステータスを見た。

俺の名前がノアーナになって、いくつかの表示が変わっていた。


俺は腰が抜けるようにその場に崩れ落ちた。


「…馬鹿野郎、わかるかよ…そんなこと…」


俺が崩れ落ちるとほぼ同時に、突然ドアが開きネルが血相を変えて飛び込んできた。


「光喜様!ご無事ですか!…っ、光喜様!光喜様!!」


ネルは俺の肩をつかむと、ガクガクと揺さぶってきた。


「っ!ちょっ、だ、大丈夫ううううう…」


あかん、ネルに殺されてしまうううう…


※※※※※


「本当に申し訳ございません!」


少し落ち着くと、ネルは申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。

よほど驚いて来たのだろう、体は小刻みに震え瞳には涙が浮かび、心なしか顔色が悪い。


「ああ、もう大丈夫…なんか俺の方こそごめんね。心配かけて」


俺はそっと、頭を下げているネルと目線を合わせるようにかがみこんだ。


ネルはうっすらと涙ぐんでいた。

美しい瞳から、水晶のような美しい涙が一筋零れ落ちた。

そっと手で、ネルの涙をぬぐう。

ネルは恐る恐る俺と目を合わせてくれた。

少し赤みが戻った美しいかんばせに、うるんだ翡翠のような瞳。


「…きれいだ」


俺はネルを抱きしめた。

くらくらする良い香りに包まれ、心から求めていた美しく魅力的な女性の柔らかく暖かな感触に、俺の頭は真っ白になっていき


―甘美な快感が全身を貫くー


華奢なネルの体を、壊れてしまうんじゃないかというくらい、強く強く抱きしめた。


「あっ…ん♡…ふ…」


ネルが甘い吐息を吐く

俺の衝動はますます激しくなり、ネルを求めた。

ネルもぎゅっと俺を抱きしめ返してくれた。


「ネル…俺のネル…もう離したくない…愛している!ああ、愛している」


そしてネルに愛の感情を精一杯伝わるよう想いを乗せてキスをした。


感情が心の底から沸き立つ思いに俺は感動を覚えていた。

そしてお互いが会えなかった、長すぎる時間を取り戻すように、何度も深いキスを交わした。


ネルの、俺の心を溶かすような甘い吐息に愛おしさが募っていく。


「光喜様…ああ、こうき、さま♡…」


ネルはぐったりと、頬を上気させ俺にしなだれかかってきた。


「お慕い申しております…」


※※※※※


心地よい疲労感と大切な人の柔らかい匂いに包まれて、俺はゆっくりと目を開けた。

俺の目の前には幸せそうに安らかな寝顔のネルがいた。


サラサラな藍色の髪、長いまつ毛、陶器のような滑らかな肌、芸術品の様な美しい鼻、赤く艶っぽい可愛い唇、可愛らしい長めの耳。


きっと俺は最初からネルのことが好きだった。

死んだ直後、目の前に現れた時から。


きっと一目惚れだった。

200年前の記憶が戻る前、不安だった。

200年前の記憶が戻り始めて、もっと不安になった。


彼女を失いたくない。

絶対に守りたいと。

やっとノアーナの気持ちが理解できた瞬間だった。

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