第22話 胎動2
(新星歴5023年4月29日)
水の神エリスラーナは『大いなる深淵の泉』と呼ばれる、アルカーハイン大陸の奥地に位置する水の都『ヲールニアミード』の最北端にある、ゴルンドルレス湖に浮かぶ浮島に瞬間移動で訪れていた。
懐かしい気配に17年ほどの眠りから目覚め、気怠い体にムチ打ち眷族第1席の人魚族の『ルビーナ・ニアニア』を伴い、やってきた。
ルビーナは200年生きている人魚族と魔族のハーフだ。
見た目は20歳前後に見える。
水色の髪を肩口で揃え、勝気そうな吊り上がった眉。
好奇心の強そうな黄緑色の瞳には人魚族特有の魔眼が宿っている。
いつも笑っているような唇は薄くピンク色に染まり、全体的に親しみやすい印象を与える顔立ちだ。
人魚族は皆スタイルが良い。
ルビーナはハーフだがどうも良い所取りをしたようだ。
上半身を包むピンクのキャミソールは大きな胸に押し上げられ衣服の意味をなしていない。
下着を着ているからいいようなものの下乳が丸見えだ。
下半身は7分丈にしか見えないカーキ色のダブダブしたポケットの多いズボンを、足元だけは「ダンジョンに入る。用意」とエリスラーナに言われたので、ゴツいブーツを履いている。
存在値は220、人魚族は魔術に長けている種族だ。
ルビーナも多くの魔術を使えるため、第1席に任命されていた。
「エリス様?こんなカビ臭いところに何の用です?まったく突然念話で呼びつけられて、ご飯も食べてないんですよ!」
「…不敬」
「!っ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!その…」
「じいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「ああもう、すみませんでした!」
「…うむ、許す」
ない胸を張り、ふんぞり返ってエリスラーナはルビーナを見上げた。
神の圧を受けたルビーナは、へなへなとその場に座り込んでしまった。
水の神エリスラーナは古龍の化身だ。
圧倒的な戦闘力に非常に高い魔力。
古代魔法を操り『誕生』と『衰退』の権能を持ち、その気になればかつての魔王の戒律に触れない限りは『世界を滅ぼすほどの力』を持った隔絶者だ。
かつて雑談中にナハムザートが「神の1柱くらい」と言っていたが、彼女のことは除外している。
当たり前だ。
次元が違う。
その存在値は20000を超える。
見た目は8歳くらいの女の子に見える。
金と銀の混ざった輝く腰まで届きそうな髪を後ろでひとまとめにし、濃い青色の眉毛と大きな瞳。全体的に色素が薄いのか、鼻と口は目立たずに、大きい目が非常に印象に残る。
体躯は…まあお子様体型で、特筆することはない。
自分の身長の2倍はあるやたら装飾がゴテゴテしている杖を持ち、ダブダブなパーカーのような青いラインの入った黒色の服と赤いミニスカートを履いている。
「えっと、エリス様?改めて聞きますけれども、どうするのですか?ここって『大いなる深淵の泉』ですよね。封印されていますよね?…えっと確か…極帝の魔王ノアーナ様?によって」
刹那エリスラーナの目がクワッと開くと、マシンガンのように口を開いた。
「ノアーナ様が帰ってきたみたい。私に会いに」
「私と結婚するために帰ってきたの」
「私と遊ぶために来たの」
「私に会って『可愛い』っていうの」
「私を抱きしめるの。好きなの」
「私に会いたかったっていうの」
「おいしいお菓子を一緒に食べるの」
「ギュっってするの」
「ずっと一緒にいるっていうの」
「好きって100万回言うの。大好きなの」
「久しぶりって優しく笑うの」
「手をつないでくれるの」
「大大大好きなの」
「抱っこしてくれるの」
「大好きなの」
「もう離さないっていうの」
「大好きなの♡」
「一緒にねんねするの」
「一緒にご飯を食べるの」
「子供を100人作るの♡」
「新しい二人だけの世界を作るの」
「もう好きなの♡好きでたまらないの♡」
「好きなの。好き好き好き好き好き好き好き好き…」
「あああああっ、おっ、落ち着いてください!そんなに感情を爆発させたら、って、ぎゃああああああ!!!」
突如湖から大小さまざまな水棲の魔物があふれ出してきた。
「エリス様あああああああああ―――――――」
すうっと、エリスラーナは杖をかざし「うるさい」とつぶやくと、まるで初めから何もなかったかのように魔物の群れは姿を消した。
いや『小さな小魚』になり、湖に戻っていった。
「はああああああああああああああ…」
ルビーナは全身の力が抜けて、またへたり込んでしまうのだった。
「ルビーナもうるさい」
「…すみませんでした」
「うむ、許す」
なんだこのコント。
※※※※※
湖の中央は魔力によるものなのか、周りの水を押し上げ不自然に沈んでいる場所があり、びっしりとコケに覆われた石を何段も積み上げたかのような祠がある。
その中央には大きな扉が固く閉ざされていたはずだが、様子がおかしい。
「入り口の封印が解けている?」
気を取り直したルビーナが封印の祠を調べると、封印されていたはずの入り口が音を立てながら開き始めた。
中からはカビのような、何か生き物が腐敗したような悪臭が漂ってきた。
「本当に入るんですか?…臭いのですが」
「んっ、しょうがない。ノアーナ様の定めた領域には転移できない」
エリスラーナを伴い、恐る恐る中に進んだルビーナは仕方なく風魔法を構築し空気の循環を行った。
…少しマシになったようだが相変わらず臭い。
取り敢えず明かりを灯そうと手を掲げようとしたら…
「っ!?」
突如エリスラーナめがけて、黒々とした、何か『見えそうで見えないように見える』物体が飛び掛かってきた。
かろうじて、人のような形をしているのは視認できた。
エリスラーナに触れそうな瞬間、突然それは弾かれるように「ビチャア」と嫌な音を立てて吹き飛んだ。
「…不敬」
エリスラーナがつぶやくと、それはまた再度飛び掛かろうとかがみ、口のような場所から生理的に嫌悪する様な甲高い叫び声をあげた。
「~~~~~~~~!!!」
「…ルビーナ、魔眼」
「っ!…はっ、ハイ!…って、えっ?」
「…何に見える?」
「…男の子???」
おもむろにエリスリーナは古代語を紡ぎだす
「カギは闇・光は束縛・流る清流は安定・業火の痛みは真実の蜜・デザルトの頂の台地・暴風はまやかしの扉を開ける疾風へと変わらん…解呪」
エリスリーナの頭上に六つの光輝く幾何学文字を刻んだ魔法陣が現れ、緩やかに回転しながら、今にも飛び掛からんとしていた人のような物体を囲むように移動し、突如物体を囲むように薄水色の結解がソレを包み込んだ。
「!!!!!ぉさhxgdmpc;、。p:・あ」!!!!」
ソレは声にならないような絶叫を上げると、黒い靄のようなものが溶けるように消えていき、やがてそこには10歳程度に見える黒髪の可愛らしい男の子が倒れていた。
「お土産ゲット」
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