第2話 転生
熱い?…熱い……熱すぎる!?………
体が?…息がっ!?……
経験したことのない状況に、沈んでいた意識が急浮上した。
「!?体が…動かない?…なんだ…苦しい!?…痛っ!熱いっ…ああっ?!」
かろうじて目を開けると、崩落した天井に挟まれた状態で、目の前にはごうごうと炎が渦巻いていた。
先ほど購入したインスタント味噌汁がレジ袋ごと燃えているのが目に入る。
「っ…火事?!なんで家がこんな、グッ!?ゴホッ、息が…」
意味は分からないけれど、何かしらの原因で家は大破し火が回り火災が発生。
体を動かすこともできずあちこち激痛が襲い、呼吸もままならない。
……どうやらここで俺は終わりのようだ。
激しい苦痛に襲われながら、一周回ってなんだか怒りが込み上げてきた。
「…熱いんだよっ!!!くそ痛えしよおおお。ああ意味わかんねえっ!俺が何をしたっ!?くっ、息が苦しい……かはっ、ぐうう…‥」
※※※※※
思えばなんとむなしい生涯だったか。
高校を卒業し大学に通うために、実家を出て上京した。
入学したのはまあ、それなりの大学に、だ。
一応第一志望の大学ではあった。
ひそかに憧れていた栄人兄ちゃん、いや西園寺先輩がいる大学だったからだ。
因みに西園寺先輩はイケメンの学生起業家で今は大手の社長だ。
財閥の家の子で、立派な別荘で親とは別に暮らしていた。
中学生くらいまではよく遊んでもらっていた。
お上り感覚で浮かれていた俺は、何となく憧れて『マリンスポーツサークル』に所属した。
西園寺先輩も1年の時所属していたからだ。
しかしその時のメンバーは成金息子のクソと非常識アーパーギャルばかり。
最初の新歓コンパで泥酔させられ、クソ女との既成事実を捏造された。
「無理やり襲われた!暴力も受けた!ついでに子供もできた!慰謝料300万円よこせ!そうじゃなきゃ警察に通報してやる!」
と脅迫されてしまう。
もちろん事実無根なので反論したけど、向こうはすべてグル。
無駄に賢い奴がいて、気づいた頃には法的に雁字搦めにさせられていた。
事情を聴いた西園寺先輩がぶち切れていたっけ。
「俺が全額補填する!」って言ってくれたけど、俺の無実を信じてくれていたけど。
学生結婚直後の先輩に、そこまで甘えることはできないって断ったんだよな。
はあ。
結局、借金を背負い奴隷のような生活を強要された。
俺の実家は姉ちゃんが事故で死んでしまったことを除けば普通の家だった。
親父は地元の農協職員で母親はスーパーのパート。
俺の下に3個下の妹『雪乃』がいて、裕福ではないが田舎の普通の家庭だった。
そんな家に余裕などはなく、俺の進学に相当無理をしていたこともあり、こんな状況を打ち明けることもできず、俺は何とか大学に通いながらもアルバイトを掛け持ちし、ぎりぎりでしのいでいた。
今思えば、様々な方法で状況の打破はできたのだろうと思う。
でも当時の俺は精神的に追い詰められていて視野が狭くなっていて…
ただ死んだように絶望しながら日々を過ごしていた。
死に物狂いで金策に走った結果、何とか最終的には300万円を返済することはできた。
(西園寺先輩の紹介での割のいい仕事のおかげだな。特に4年の春以降から始まった『変な石みがき』というバイト。報酬凄かった…最近まで続いていたな)
しかし事あるごとに庇ってくれていた西園寺先輩が卒業し、居なくなったのをいいことに主犯格のやつらを中心に鬼畜扱いされ「金のために恥辱にまみれた行いも厭わずにいた」とか風潮されたせいで、大学中で陰口をたたかれ続け、結果として人間不信に拍車がかかり、すっかり『陰キャ』という存在になってしまった。
4年の夏にやっと自由になったものの、就活に出遅れた俺には就職氷河期の激流は乗り越えられず、怪しい先輩に唆され今の会社に行きついた。
西園寺先輩が「うちに来い!」って言ってくれたけど、茜ちゃんが大変なことになっていてしばらく連絡取れなくなったんだよな。
結局、労働基準法?
コンプライアンス?
なにそれおいしいの?
といった状況の会社に就職し、陰キャ属性を最大に発揮した俺は、同僚・上司・さらには後輩にまでいいように扱われ、月に残業200時間オーバーの無茶苦茶な勤務を強いられていた。
プライベートなどほぼ存在せず、安月給でこき使われる毎日。
何とか捻出した休みは1日中寝るか、茜ちゃんのお見舞いに行ったくらいだ。
茜ちゃんは重病で、なかなか会えないけど天使みたいな子だった。
そんなこんなで気が付けば37歳になって、これといった趣味もなく、当然のように年齢イコール彼女なし、童貞って……
何だこりゃ?
何の罰ゲームだよ!?
ああ、死ぬ間際には時間が遅く感じるらしいが、思い出せるのはこんな事だけとか……
せめて楽しい思い出くらいって……やべえな。
子供のころ遊んだことや、茜ちゃんのお見舞いに行った事くらいしか…
父さん…母さん…雪乃…何かごめん……
西園寺先輩……茜、ちゃん……
ねえちゃん…………
ごうごうと燃え盛る光喜のアパートの前で、黒ずくめの男は何事か呟き、まるで溶けるように姿を消した。
※※※※※
何かがおかしい……
いやすごい時間が経過している気が………?
んっ???
さっきまでの苦しさがない!?
呼吸は?……してない?!
いやっ、感覚そのものが……腕が!?
ごうごうと燃え盛る炎に包まれ、感覚のない腕がなぜか黒い光沢を放つ鉱石のように徐々に姿を変えていくさまを見ながら、今度こそ俺は意識を手放した……
※※※※※
……見つけた!………やっと!!………
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