第3話 帰還
「ノアーナさま……ノアーナさま……」
誰かが俺の知らない名を呼ぶ声に、沈んでいた意識が徐々に浮上してきた。
「ノアーナさま!……ノアーナっ!…起きてえええ!!」
突然激しく揺さぶられ、俺は目が覚めた。
「…あれっ?…体が!?って???」
そこは不思議な空間だった。
ぼんやりとした光に包まれていて『見えるけど見えないように見える』
自分でも何を言っているか解らないが、そんなふうに感じられた。
周りを確認しようとするが頭が動かせない。
意識が切り替わる直前、鉱石に変化していたような手足は、元通りだと認識できほっとした。
だが声をかけられたはずなのに、自分以外は存在が感じられない。
それなのに、肩であろう場所をつかまれている感覚はある。
何かがいることを理解している!?
なんだこれ?
説明ができない……
「ノアーナさま!」
「……はい?」
「ああよかった。やっと覚醒した!私はルリースフェルトだよ♡迎えに来たよ!」
「?????????」
頭に直接声が届いているものの、俺の前には『見えるけど見えないように見える』変な世界が広がっているように感じているだけであった。
「ん?あれ?……えええええ!?…きゃあああ!!」
俺の肩をつかんでいるであろう、見えない何かが動揺したような雰囲気が伝わってきているような気がする?のか?
徐々にその感覚も消えて行ってしまった。
「はっ?えっ!?………!?」
気配が消え、見えていた気がした景色が突如として認識できなくなり、代わりに何か心が怖気づくような、本能から恐怖を感じるような、心細い?所在がない?まるで幼子が突然知らない場所に放置されるような、そんな感情に支配されていった。
同時に、とても暖かいものに包まれる感覚も同居しており、ますます混乱していく。
ふと一点に光のような黒すぎる光沢が、まるでにじみ出るかのように顕現すると同時に突如としてあり得ないほどに整った顔がごく近くに現れた。
翡翠のような、深く緑をたたえた瞳に射抜かれ絶句してしまう。
「っ!?」
それは美しいモノだった。
まるで現実感のないような、人類の夢を結晶化したような、美しい姿。
それでいて瞳には何かを渇望するような、獣じみた色をたたえていた。
魂を、何も装う事すら出来ずに……
問答無用に大切なものを覗かれるような、今まで経験したことのない、そんな視線が真直ぐ俺の瞳を射抜いていた。
四肢は程よく均整がとれ、少女とも、熟女とも、形容しがたい圧倒的な美がそこに佇んでいた。
「ノアーナ様……見つけた……あああっ……」
それは何かをつぶやいた。
それは美しい手を俺の頬へと触れてきた。
「んっ?!…うううう…うああああ!!!!!!!!」
突如俺の認識がはじけ飛ぶ。
頭だけでなく体全体が、魂が、存在が、何百倍にも瞬間で膨張、拡散したような、過去の経験ではたとえようのないおぞましい感覚に襲われ、そして……
瞬きする一瞬にも満たない時間で、脳に直接刻まれた数十万年にわたる『魔王』であった記憶。
俺は……いや俺は……
「…ネル!?…そうか俺は…滅されたのか…そして分割され…はははっ、そうか…?」
認識した刹那、今度は記憶がどんどん虫食い状態になっていく。
刻まれた記憶にノイズが走る…
「んっ?俺は…いったい何を!?…」
気が付けば俺は美しい女性の前でローテーブルをはさみソファーに座っていた。
こぢんまりとした家庭的な部屋。
窓からは虹のような不思議な明るさが感じられた。
窓際には赤や黄色の花が鉢植えになっている。
美しい女性は優雅な所作で紅茶を入れてくれた。
いままで飲んでいた紅茶がまるで泥水なのではと思うほど芳醇な香り、琥珀を思わせる美しい紅茶を……
なぜか懐かしいと感じながら……
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