冒険者ハバキの詩。

鰹節の会

第1話「冒険者の子」




「そ···がいいわ·····この···の名前は」


「旅と·····の·····」


馬車の中で、誰かが談笑していた。

自分は、振動に震える窓ガラス越しに、外の景色を見ていた。


 森の木々を映しているだけだった風景が、突然開ける。


「ほら、良い景色だ」


「本当に·····」


ふと、自分の身体が持ち上げられて、視点がよりガラスに近づく。


「ほら、見えるか?我が息子よ」


声はそう言って、脇の下を掴んで持ち上げ続ける。


 自分は、馬車の画角を流れ、目の奥へ飛び込んでくる景色·····。開けた一面の草原に、夕暮れの曇り空を抜けた光が射し込んでいるその光景を眺めた。


「お前···いつか·····」


「ま····気が早·····よ」


 二人の会話を背に、いつまでも景色を見続ける。

 やがて身体が下ろされて、後ろの二人の顔が見えた。


 「可愛い赤子だ」


「貴方の名前、憶えておくのよ」


二人の顔は、西陽に照らされて白く塗り潰され、細部までは分からない。

 

 ─────ただ声だけが、耳へと届く。長い年月を超えて。



「「ハバキ。」」





◇◇◇




 「ふぅぁ〜·····」


大きな口を開けて、ハバキは目に入り込もうとしてくる朝日を防いだ。


·····西大陸に位置するアルマ王国の辺境、〝ヴィタ村〟。


 主に小麦などの農作物が豊富に取れる静かな村に、ハバキは住んでいる。


 薄蒼い髪を短くまとめ、この辺りでは珍しい黒い瞳を瞬かせて、ハバキは夢の内容を思い出していた。


 ハバキの両親は、ハバキがまだ幼い頃に死んでいる。優れた冒険者だったと聞くが、ハバキは両親の顔も知らない。


 育て親の村長と、村の人々に見守られながら、ハバキは順調に育った。

 死んだ両親は、この村を魔物の暴走から守ったとかで、今でも村の大人達は恩義を感じているそうだ。


 「早く起きすぎたかな」


 独り言を呟いて、ハバキは頭の後ろで手を組んだまま、ベッドに倒れ込んだ。

 

 畑仕事へ向かうまで、まだ二時間近くある。


「マルスは·····まぁ起きてないか」


 隣家の親友を思い浮かべ、ハバキは念の為に部屋の窓を開けた。


 窓から入り込んだ暖かな風が、頬をくすぐる。


「···ん?おーい!」


 離れた位置に立つ隣家の窓から、友人の顔が見えた。


友人のマルスは、手を振り返してきたと思うと、すぐに窓枠から姿を消した。

 そして少しの後、隣家の玄関が開き、畑のあぜ道を走る少年の姿が見えた。


 ハバキも素早く一階に降りて、育ての父であるソルロアを起こさないように、玄関からマルスを迎え入れた。


「いやー、なんか早起きしちゃってさ、暇でしょうがなかったんだ」


「お前は何時に起きたの?」


部屋に戻り、胡座をかいてベッドから見下ろすハバキの質問に、床に寝転がったマルスが応える。



「5時。」


「はっや·····」


 今は6時で、仕事は8時からだ。

大人達が働き出す時間ですら7時からなので、記録的な早起きと言えるだろう。


「お前は?」


「俺は6時」


「なんで今日だけ早起きしちゃったんだろうなー·····?」


 早起きの原因は、昨日の二人が畑仕事をサボって元気一杯のまま眠りについたせいだが、そんな事は知る由もない。


 「昨日釣ったカルピオ、元気か?」


マルスは昨日、畑仕事をサボって釣り上げた巨大な淡水魚を、自宅の池に放すと言って持ち帰った。


「·····いや、池に放とうと準備してる間に、じいちゃんが食ってた」


「ボケてるもんな、お前の爺ちゃん」


 もう殆ど正気に戻らない友人の祖父の腹具合を心配しながら、ハバキは思いついた話をしていく。


「そういえば、また同じ夢を見たよ」


「あぁ、例のアレか」


 馬車の窓を流れる、一面の草原。

曇り空の隙間から、所々に射し込む夕陽に照らされて、燃え上がるようなオレンジ色を散りばめた景色。


 ·····そして、自分を抱き上げる両親の声。


「そんなにいい景色なら実際に見に行ってみようぜ」

 

「でも村の近くは森か空き地ばっかりだし、あんなに背の高い草原はないんだよなぁ·····」


「うーん」


 もう15年も生活しているからこそ、村の景色は隅々まで分かっている。

 だが、村と森の境界線までを遊び場にしてきた二人でも、ハバキの夢の景色は心当たりが無かった。


 「そうだ!地図見ようぜ!」


「確かに」


 二人はこっそりと一階へと降りて、ソルロアの寝室の隣の書斎へと忍び込んだ。

 書斎の机と椅子の後ろの壁には、農業書から魔導書まで幅広い本達が棚に眠っている。


 そこから、馴染みのある昔話集と世界地理を数本抜き取って、二人は再び二階へと戻った。


 「アルマ王国は·····」


「ここだ」


 顔よりも大きな羊皮紙の本を広げると、海と大陸の世界地図が現れる。


 世界の大陸は大きく二つに分けられる。

ハバキ達の住むアルマ王国と、その他複数の王国が立ち並ぶ〝西大陸〟。そして、ガルガ帝国を主とする〝東大陸〟だ。


 他にも、氷に包まれた〝北大陸〟や、龍の住処とされる〝南大陸〟が存在するが、サイズも小さく、いずれも人の居住できる土地ではない。


 「ヴィタ村は·····っと」


 ページを捲り、アルマ王国内の地図を見つけると、マルスは指でなぞりながら、辺境の小さな点を見つけた。


「これか·····」


「こう見ると端っこだな」


 アルマ王国と、その隣に位置するカーダ王国の境界線を成す〝サングィス大森林〟の瀬戸際に、ヴィタ村はあった。


「んー、やっぱり草原は無さそうだなー」


 村からアルマ王国までの道筋をなぞりながら、ハバキは草原らしき表記を探すが、見つからない。


「アルマとは別の場所なのかな·····?お前も探せよ·····」


 地図から目を離し、ハバキは寝転がって他の本を読んでいるマルスを見た。

 自分の住む村を見つけて満足したのか、今は邪龍と勇者の物語を読んでいる。


 勇者物語は、三百年に一度選ばれる勇者の中から、特に強大な敵と戦った英雄をまとめた物語だ。

 三千年前の初代勇者と魔神の戦いに始まり、最近のものでは、三十年前にアルマ王国に現れた邪龍と先代勇者の戦いなど、無数の話が入っている。


 勇者の名の轟く西大陸では、殆どの子供達に読まれている絵本だ。

 今マルスがページをめくっている本も、ハバキが昔、ソルロアから誕生日祝いに貰ったものだ。


「はぇー、〝邪龍ラヴァニール〟·····」


「好きだなその話」


 横から本を覗き込むハバキの為に、マルスはお気に入りの物語を読み上げる。


「遥か昔、龍の住処の南大陸から、人間の国を滅ぼす為に、悪い悪い龍が空を飛んでやって来ました·····。


 その龍の名は〝ラヴァニール〟。


 赤と金色の鱗は、王国の城程もあるラヴァニールの体を隙間無く覆い、太い牙と捻れた角を持ち、大陸を包み込めるほど巨大な六枚の翼は、常に炎に焼かれている。

 

 三十年前、〝ラヴァニール〟はアルマ王城へ襲来。一瞬で燃え上がる王都を見下ろしながら、半壊した王城を巣と定めた。


 それに対するは、第十代勇者〝ラーファ〟と聖女〝ミシェル〟。そしてそのパーティーメンバー達。


 勇者達は三日三晩戦い続け、遂にドラゴンを討ち取った。

 しかし、この戦いで勇者と聖女は死んでしまい、王国は彼らを盛大な葬儀で送り出しましたとさ·····。」


 物語の内容をざっくりと音読したマルスは、「めでたしめでたし」と付け加えて本を閉じた。


「〝めでたし〟じゃねぇだろ」


「あーぁ、もっと早く生まれてれば、勇者を見れたのになぁ·····」


 白髪の青年として描かれた勇者の絵を指でなぞりながら、マルスは伸びをした。


「·····ん?」


 ふとハバキの顔を見て、マルスは目を細めた。


「なんだよ?」


「いや、お前おデコになんか付いてないか?」


 反射的に額をなぞるも、指先に違和感は無い。


「何が?」


「いや、模様みたいな·····。鏡ないか?」


机の引き出しから取り出した手鏡を、ハバキは覗き込んだ。


 手鏡の黒の丸枠が、薄い青髪に彩られる。


果たしてマルスの言う通り、ハバキの額には確かに、ごくごく薄くはあるものの、赤い模様が浮き出ていた。


 「なんだこれ·····」



 額から側頭部にかけて薄く続いているその紋様は、複雑に入り組んだ魔法陣のような·····。


その模様を見た瞬間、脳内を一陣の記憶が駆け抜けた。



 眩い夕陽に照らされた馬車の中、こちらを覗き込む二人の額にも、確かに同じ模様があった·····。


 

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冒険者ハバキの詩。 鰹節の会 @apokaripus

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