かっこう


妊娠3ヶ月と判明したマミコさんが

自宅でゆっくり過ごしていると

つい、リビングでうとうとしてしまった。


すると、リビングの窓をコツコツ

叩く音がして、目が覚めた。


窓の外は中庭なのだが、そこに

長い白髪の老婆がにこにことして

立っている。


マミコさんは一瞬ぎょっとしたが

その老婆の朗らかな笑顔に心がほどけて、ゆっくりと立ちあがり窓を開けた。


「こんにちは。あの、どうかしましたか?」

マミコさんが声をかけると、老婆はにこにことしたまま、彼女のお腹に触れた。


その途端に、意識が遠のいて、いつの間にか帰ってきていた夫に揺り起こされた時にはソファの上で夜を迎えていた。


「起こしたら悪いかと思ったけど

 流石に心配になって。」

申し訳なさそうに言う夫に

「ごめんなさい。」

とマミコさんは返す。


「お腹の子のためにも、

 ちゃんとしたところで寝ないと。」


夫がさするお腹を眺める。

そのお腹は臨月かと思うほど

ぱんぱんに張っている。



(あれ?3ヶ月ってこんなにも

 お腹大きかったっけ?)

そんな疑問が浮かんだが

(でも、私の赤ちゃんだからな。)

と、よく分からない根拠で受け入れたと同時に、マミコさんは激しい陣痛に襲われ、なんと、その日の内に出産した。


分娩台の上で、医師や看護師の労いを受けていると、怒鳴り声が聞こえた。


「あなた!何を隠そうとしたの!?」

ベテランの看護師に、若い看護師が叱られている。

新米の手から何かを奪ったベテランは、こちらにぐっと近づいて。


「あの、赤ちゃんと一緒に

 こんなのが出てきたんですけれど…。」

と、手の中を見せた。

その中にあったのは、鳥の卵のような何か。


マミコさんは一瞬、

それがとてつもなく愛おしくて、同時に切ない気持ちになったが、

彼女を囲む医師と看護師が一斉に笑顔になって


「「いらないですよね。これ。

 すてておきますね。」」


と言うものだから、

心が変に落ち着いて

愛しい気持ちはなくなり

マミコさんは「はい。」と答えた。


この話は、ここら辺に住む人なら誰でも知っている話。


この話を思い出してしまったのは

向こうからマミコさんが歩いてきたからだ。


その隣には、身長2mはあるであろう浅黒い肌をした男がいて、無表情のままくっついて歩いている。


マミコさんはこちらに気がつくと

「こんにちは!」と笑顔を見せた。


男がギョロっとした目でこちらを

見る威圧感に心折れそうになりながら、私は、マミコさんにこう問いかけた。


「マミコさん。

 その、お子さんが産まれたのって

 いつだったっけ?」


私が出来る、精一杯の不条理への抵抗だった。


マミコさんはぱっと笑顔になり

男の体を撫で回して言った。


「この子はね!

今日でちょうど1歳になったんですよ。」


嬉しそうなマミコさんに、

言葉を失って虚無感に襲われる。


突然、男の口が耳まで裂けて、

がぽっと口を開いてマミコさんの顔を覆った。


私は腰を抜かして地面に崩れ落ちた。


歯が1本も生えていない口の中、唾が幾本も糸を引いている。


それがべたりと頬につくと、

マミコさんは一層笑顔になって

歓喜の声を上げた。


「まあ!お腹がすいたのね!

 こんなに大きい可愛い子!

 愛しい愛しい私の子!」


震えて何もできない私の側を2人は通りすぎる。


彼らの姿が見られなくなったと聞いたのは、

これから数ヵ月後のことだった。



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怪の雑多煮 2 遊安 @katoria

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