赤塗り祭

そうです。

私が村長でございます。


昨日は知らずに声をかけて失礼しましたって?

いいんですよそんなこと。

私も貴方のことを記者さんとは知らなか

かったんですからな。



家に客が来るのは久しぶりですなぁ。

さあ、どうぞ座って。



さて、記者さんは何を聞きたいんですかな?



うん…。


うん。


そうでしたか。





我々が暮らしとりますこの村では

昔、ある掟があったんですわ。



山に入って悪さした子は

頬が赤く腫れるまで叱らなかん。


現代では恐ろしい教育ですわな。


でも、それこそが子供達を救う

手段だったんですよ。



叩くのがなんで救いになるかっていうと、

早い話が、山の神に変わってちゃんと

私達が懲らしめたから許してください、と

山の神に見せつけるため。



神様っていうのは、我々人間の道理では

ないお考えを持ってらっしゃるのが常ですわ。


とくに、この山の神様は、

怒ると執念深く悪さをした者を

追いかけて、捕まえて、満足するまで

いたぶるわけですわ。



ここの山の神は、血が好きなんですよ。


豊穣を授けてくださる神様なんですがね。

生け贄を捧げると、喜んで田畑の作物の実りを良くしたり、家畜を肥えさせたりするんだそうで。


ははは。よくある伝承でしょう。


今はそんな物騒なことしてませんよ。


これは、昔話として語り継がれているんですがね。


ある夫婦の子が山で川の中に石を投げたり

木の枝を折ったりして遊んでたんですわ。


村人達は震え上がって山の神に目をつけられたから、今すぐひっぱたけっていったんですけど

心根が優しい彼らはそれができなかったんよ。


ただ言葉で叱って反省させ、

夜は川の字で仲良く寝ていましたらね、

翌朝、子供の姿がない。



懸命に探すと、なんと山の中腹で

まあ、見るも無惨に、全身自分の血で真っ赤になって息絶えた子供の姿があったんだと。



そんなわけで、山の神に殺されるよりは

ひっぱたくことが子供の命のためになるって

なったわけですわな。



んで、私の祖父の代で

ただ赤くなるだけで満足するなら

顔を赤く塗ってしまえばいいじゃないかって

言い出した人がいましてね。


最初こそ反発がありましたが

これが不思議と効果があるって分かってから

叩くよりは塗る方がよっぽどいいと、

みんなこぞってやり始めたんです。



そうして、我が村では秋分になると

子供達全員の顔を赤く塗って

村中を歩くっていう

“赤塗り祭”っていうのをするように

なったわけですわ。


物騒なことよりも平穏を望む気持ちが生んだ

人情溢れるお祭りですよ。


貴方がこの村に来て初めて見たあの祭が

そうです。



だから、てっきり赤塗り祭のことを

調べに来たんかと思ってましたが…。


まさか別件とは思いませんでしたわ。



ああ、そうそう。

貴方の質問に答えなくては。



アオキさんご一家は、

都会から越してきたとは思えないほど、

快活で元気の良い方々でした。


なんでも自然が大好きで、家族みんなでキャンプをすることにもはまってたそうですわ。



息子さんは4歳でとっても元気で遊び盛りでね。

よくそこら辺を走り回っとりました。



彼らが引っ越してきたのは去年の春で、

我々は、ぜひ、赤塗り祭に参加してほしいって

声をかけたんですが、

その日は奥さんの実家ではずせない用事があると断られたんです。



いやしかし、ほんとに残念ですよ。

家族3人揃って、山で遺体で見つかるなんて。


遺体の状態からして熊みたいな何かに襲われたせいで全身血で真っ赤だったとか…。



あれからもう一年経つんですか。



いやはや、早いというか、なんというか…。


お悔やみを申し上げるしかありませんな。



質問の答えになりましたかな。

私はこれで…。




…なにか、言いたそうですな。




記者さん。


貴方が調べているのは去年起きた

獣害の件なんでしょう。



昨日、お伝えしたではありませんか。




一年経っても、害獣対策が進んでいないのは

村の高齢化のせい。


アオキさん達に山に入らないように言わなかったのは、自然が好きな彼らを邪魔しないため。


我々は、アオキさん一家を赤塗り祭に

参加するように声をかけた。

それを彼らは断った。


それだけなんです。


事件と結びつけるのはおよしなさい。


あれは、獣害事件なんです。

あれは、害獣による事故なんです。


そうしておきましょうよって。

無駄な詮索はやめましょうって。


だって、山には何もいないし、

何もないんですから。


そう、昨日言ったでしょう。



もう話は終わりにしましょう。

日が沈み始めました。

玄関まで見送りますよ。





…貴方は、山には入らんでくださいね。



赤塗り祭の由来を聞いて気づきませんか。

救われるのは子供の命だけなんです。


大人が悪さした時の対処法は

伝わっていないんですわ。



…え。


もう、入ってしまった?




そうですか、

それはそれは…。




なによりです。

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