降りる先は


疲れている時は、周りの些細な言動が目につくものだ。


今、私は終電間際の、各駅止まりの車両に乗り、何を見るわけでもなくスマホを触っているのだが、どうも右斜め前の座席に座る女が気になってしまう。


7人がけの座席の真ん中に座っている

金髪のショートヘアの女は、ついさっき目覚めて、よれたアイラインで囲まれたギョロっとした目を見開き、じーっとつり革を睨んでいる。


こんな変な人がいる時に限って、

車両には女と私以外誰もいない。


ああ、こんな時間だから、変な奴がいるんだなって関わらないようにスマホに意識を集中させると、突然、金切り声が響いた。



「なんなんですか!」


驚いて私はその人を見た。


女はつり革を先程よりも鋭い目で睨み付けている。


「他に空いてるじゃないですか!

 なんで私が譲らないといけないんですか!」


完全に頭がいかれている。

誰もいない虚空に向かって怒鳴り続ける女に、私は恐怖をおさえきれなかった。


ただ、あと1分も経たないうちに次の駅に着くから、扉が空いた瞬間に飛び出そう。

そう考えている間も、女はヒートアップし耳をつんざくような声で叫んだ。


「そんなに!そんなに私が邪魔なの!?

 だったら…!」


窓の外を流れさっていた景色の動きが緩やかになり、車両が止まる。

プシューっと扉が開く。


立ち上がろうとした私より先に、ショートヘアの女が飛び出した。


そして、そのままの勢いで、電車が迫り来る反対側の線路に飛び降りた。


鈍い音と、耳を貫く車両のブレーキ音が駅構内に響き、遮るようにドアが閉まった。


私は窓に張り付いて慌ただしくなるホームを、唖然として眺めた。


車両が動き出す。

目の前で起きたことが飲み込めない。

吐き気を催して体勢を直し俯くと、足元がふっと暗くなった。


私の足と向き合うように、革靴が並んでいるのに気がついて見上げると、180センチメートルはあるであろう、中年男性の車掌が立っていた。


私はすがるように目をじっと見つめると、車掌はかさついた白い唇を開いた。



「そこ、どいて頂けますか?」

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