植物に愛された母親

郷田武文の母親は緑の親指の持ち主だった。


ガーデニングの才能があり、彼女自身は平屋の日本家屋に住んでいたのだが、庭は不釣り合いに可憐な薔薇園である。


薔薇がメインの庭ではあったが、季節ごとに花を植え替えて、四季折々の景色が楽しめる、近所の名物スポットにもなっていた。


武文は都会で家族を養いながら、時折帰省して母親の様子を見に行っていた。


彼自身、花の良さは分からなかったが母が嬉しそうなら何よりだと思っていた。


良く晴れた5月のある日、午前中のこと。



その日も母のいる家へ来た武文は

庭に隣接する障子を開け放ち、居間のリクライニングチェアに腰かけて、母親が水やりする様子を眺めていた。


花一つ一つを愛でるようにゆったりと歩く姿は、老いたとはいえ、若かりし日、自分をあやしてくれた姿そのものである。


幼少期を思い出し、武文は、まさに今母親の腕に抱かれているような心地よさを感じながらうつらうつらと船をこいだ。

その時である。



強烈に甘い花の香りと庭から差し込む眩しい光に驚いて目を見開いた。


家の真上に太陽があるのではないかと思うほど、目映い光に包まれて、母が立っているのだが、その周りを見慣れぬ大勢の美しい女が囲んでいた。


豊かな髪を揺らしながら、彼女らは笑顔で母親の周りで踊っている。


そして、耳に甘い声が響いた。



ーかあさまぁ…ふふふ

ーあはは…

ーかあさまぁ




ただ踊っているだけだと思ったが、違った。


彼女たちは母親をじりじりと取り囲みながら、家から離れた遠くへと誘おうとしている。


「やめろ!母さんを連れてくな!」



そう叫ぶと同時に、一人の女の指先が母親の頭に触れ、光は一瞬で消えた。


気がつくと、母親が庭で倒れている。


武文は血相を変えて駆け寄り、

救急車を呼んだ。


脳出血を起こしたとのことだった。


幸いにも命に別状はなく、入院は短くて済むとの事だったが、母親は庭の花を気にしてやまない。


「武文、庭の花が恋しいから一輪切って持ってきて。」


そんなお願いをされたのだが、女の姿が頭に浮かび、武文は気が進まなかった。


そこで、彼は花屋でよく似た薔薇を一輪買って持っていった。


しばらくその花を眺めた母親は

ふふっと笑って武文の目をじっと見た。


「この子、違う子ね。」


ドキッとしたが冷静を装って確かに庭の花だと言うと、母親は首を左右に降った。


「母さんに嘘は効きませんよ。」


なぜ嘘と思うのか聞くと

母親は笑って答えた。


「だってこの子、母様かあさまと言わないんだもの。」




武文は母親が退院後、

嫌がる彼女を説得してホームヘルパーを雇った。


表向きは脳出血で倒れた母親の見守りの為であるが…。


「母を花から遠ざけたかったんです。あいつらは、確実に連れ去ろうとしているから。これは、息子としての義務だと思ってます。」


武文さんは奥さんに

家には花を置くなと言ってあるそうだ。

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