神に愛され過ぎた男


今でこそ売れっ子ものまね芸人のナラフミだが

彼が日の目を見るには

デビューから16年もの年月がかかっている。


巧みな話術の漫談を得意とするピン芸人として

デビューしたナラフミであったが

つい半年前までは、腹を満たすどころか

駄菓子ひとつ買えるかどうか分からない、

小遣い程度の収入しかなく、

バイトを掛け持ちしながらジリ貧の生活を送っていた。



それを疑問に思っていたのは

本人よりも周りの芸人仲間だった。


笑いの神に愛されているとしか思えない程の才能で、劇場公演では居眠り客を起こすような

爆笑を巻き起こす。


性格は謙虚で優しく器が大きく人望が厚い。

日頃から神社を見つけるとお参りをするような信心深い男でもある。


なのに、なぜ売れないのだろうと。


原因を探るため、

公演後に行った客へのアンケートでは

ナラフミの印象を問う項目に

面白いが顔が覚えられないとの声が

圧倒的に多かった。


ナラフミは早速、髭を生やしたり、帽子をかぶったりしてみたが

評価は一向に変わらなかった。



もう辞めてしまった方が良いのではと

ナラフミがこぼすと、同期の芸人達は必死で止めた。

その中にいた一人が、

ここまで実力があって売れないのは

何か運だとかそういう目には見えないものが

関わっているだろうから占い師に見てもらえと

アドバイスした。



そんな胡散臭いもの信じても良いのかと不安であったが、同期の熱意に負けて、巷で当たると噂の占い師の元へ訪ねたナラフミ。


狭い個室に窮屈そうに座るふくよかな老婆は、

彼が椅子に腰掛けるやいなや、彼の生い立ちや仕事、家族構成まで全て当ててみせた。


恐怖すら覚える驚きで総毛立っているナラフミに、間髪いれず老婆は言った。



「あなたが売れないのはね。

 神様に愛されすぎているからなんだよ。」


意味が分からずどういうことか尋ねると、老婆はそれまでの恵比寿顔を崩して目を開き、じっとナラフミの目を見た。


「色んな神社にちゃんとお参りしているだろ?

 日頃の行いもよく、

 性格もしっかりしてるから

 神様方はあなたのことを気に入られたんだ。

 だからあなたの周りに常についてる。

 見たこともない大所帯だよ。

 あなたが売れると自分達の姿が

 人間に見られる可能性が高まる。

 それは神様方にとってタブーだからね。

 あなたの側にいたいが、

 姿は見られたくない神様達が

 自分の姿を消そうとした結果、

 あなたの顔が他人から見えなくなって

 しまってんだ。」



あまりにもぶっ飛んだ話に、狐につままれたような気になったが、藁にもすがる思いでどうすれば良いか尋ねた。


すると、老婆はしばらく考えて

「あなた自身をとても気に入っているから

 舞台に立つときは別人になりすますのは

 どうかしら。

 例えば、有名人のものまねをするとか。」

と提案した。


それがほんの1年前のこと。


助言を素直に聞き入れたナラフミは

今までやったことがないものまね芸に挑戦した。

半年ほど時間を要したが、人前に披露できる腕前になると、有名人の特徴を誇張したメイクとカツラを身につけて舞台に立つようになった。


すると、元々持っている話術も相まってか、爆発的な人気を博し、現在に至る。



衣食住に困らないどころか、人に奢る余裕まで出来たのだが、一つ悩みがある。


時々番組から、メイクを落として素の顔で出てほしいと頼まれてすっぴんになるも、

出演した番組は決まってかならずお蔵入りになるそうだ。


そのお陰で、長年のファンにさえ自分の顔を覚えてもらえないという。


いまだに俺は神様に愛されているらしいと、

ナラフミは力なく笑った。






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