第14話 仲良く街を探索です


マユミ達は馬車に乗っていた。

出来れば乗り物は使わずに自分の足で歩き回りたかったのだが、侯爵の屋敷の付近は富裕層の家が連なっているエリアの為、ひとまずは馬車で街の中央部へ向かうことになったのだ。


グリュモール侯爵領、主都グリューエン

馬車の窓から見える中世の街並みが美しい・・・気を抜けば観光気分になりそうだった。


「他の街もこんな感じなの?」

「この街は王国でも五指に入る、と言われているわね、東の王都、南の港街、北の辺境伯領主都・・・あと一つは・・・どこだったかしら」


それらしい都市を指折り数えるエレスナーデ、最後の一つが思い当たらないらしい。

まぁ五指に入る、と言っても本当に5つかどうかはわからないのだが・・・


「へぇ~、ナーデは色々知ってるな~」

「こ、これくらいは貴族のたしなみよ」


照れたのかそっぽを向いてしまうエレスナーデ。

マユミは素直に感心していた。

そういえば生前は、自分が住んでいた町の事すらよくわからなかったことを思い出す。


(あっちみたいに働ける場所がすぐ見つかるといいんだけど・・・)


なにせこの世界の常識もわからない異世界人だ、簡単にはいかないだろう。


(さすがに力仕事は無理だろうしなぁ・・・)


細い手足を見ながら考える・・・この中世の世界で自分の筋力のなさは致命的ではないだろうか?

あるいは筋トレでどうにかなるのだろうか・・・


・・・やがて馬車が中心部にたどり着く。

街の中央には教会と、大きな建物が一つ建っていた。


「あれが政庁よ、この街の全てはあそこで取り仕切られているわ」

「今はナーデのお兄さんが働いてるんだよね?」

「ええ、カイルバーンお兄様とミラストルお兄様、どちらもとても真面目な人よ・・・お父様と違って」

「あはは・・・」


マユミには今の侯爵しかわからないが、さすがに若かりし頃はまともだったと思いたい。


「お兄さんには会っていくの?」

「・・・とても忙しそうだから、邪魔になってしまうのではないかしら」


少し寂しそうな顔をするエレスナーデ。

彼女の兄達は屋敷にいなかった、ということは家に帰れない程忙しいのだろうか・・・

たしかにそんな中邪魔をするのは申し訳ない。

一般市民が直接関わるようなこともない場所というのもあって、3人はその場を離れようとした。

しかし・・・


「ナーデじゃないか、こんな所にまで来るとは珍しいな」

「カイル兄様!」


噂をすればなんとやら、彼女の兄・・・侯爵家長兄カイルバーンが政庁から顔を見せる。


「お久しぶりです、カイルバーン様」

「ゲオルグも相変わらずだな」


畏まるゲオルグをその手で制すると、カイルバーンはマユミの方へと視線を伸ばした。


「君は・・・ナーデの友人かな?」

「は、はい・・・マユミと申します、ナーデ・・・お嬢様とはな、仲良くさせていただいて・・・」

「そうか・・・こんな妹だが、これからもよろしく頼むよ」

「もうカイル兄様ったら」


(うわ・・・イケメンだ・・・さすがナーデのお兄さん)


エレスナーデの兄ということで予想はついていたが、さわやかな好青年だ。

近くでの会話に思わずドキドキしてしまうマユミだった。

おそらく、もう一人の兄とやらもさぞ美男子なのだろう・・・


「では私は失礼するよ、ミラストルがまた新しい仕事を持ってきているだろうしね」

「たまには屋敷に帰ってきてくださいね」

「ああ、近いうちに帰れると思う、もちろんあいつも一緒に・・・マユミさん、妹の事は頼んだよ」

「は、はい!」


そう言ってカイルバーンは自分の仕事に戻っていった。


「もうマユミったら、鼻の下伸ばしちゃって・・・」

「そりゃナーデのお兄さんだもん、しょうがないよ」

「なによそれ」

「美形兄妹め~その遺伝子よこしなさい」


エレスナーデにじゃれつきながら、マユミは重要な事に思い至る。

その遺伝子は、あの侯爵の遺伝子なのではないか、と・・・


(まさか・・・侯爵も若い頃はイケメン?)


それはさておき・・・

マユミ達は当初の目的に戻る事にした。

中央から商店街・・・昨日通りがかったのとは違う東の方のだ・・・へと向かう。

売り子の募集の一つもあれば助かるのだが・・・

さすがにそう都合よく売り子募集中なんて店はなかった。


「売る人間が足りない、なんて店はとっくに潰れてるわよ」

「ですよねー、あと他に探すとしたら飲食店・・・かな、一応経験あるし・・・」


飲食店はバイトの経験がある・・・だが現実世界よりも力仕事が多そうなのが問題か。

とりあえずは昼食がてら一軒の店に入ってみることにした。


「いらっしゃい!貴族のお嬢様とは珍しいねぇ、まぁ庶民の味に驚くといいさ」


(あ、これ無理だ)


マユミはすぐに悟った・・・自分に出来る仕事ではない、と・・・

なぜなら・・・樽である。

店に入った3人を出迎えた少女・・・この店の看板娘だろうか、その彼女が軽々と担いでいた。

酒の詰まった樽を・・・


「はい樽酒おまちぃ!」


テーブルの上にドン、と樽を置くと客の男達から歓声が上がる。

・・・まさしく彼女・・・リタは、ここ「女神の酒樽亭」の看板娘だった。


「マユミ殿は経験があると仰っていたが・・・」

「さすがにあんなのは、ちょっと・・・」

「そ、そうよね・・・どう見てもマユミには無理だわ・・・」


さすがにここで働こうなんて考えはすぐに消し飛んだ。

注文を済ませ、食事に集中する・・・結構美味しい。


「どうだい庶民の味は?ああ答えなくていいよ、もう美味しいって顔に描いてあるさ!」


ドッっと周囲から歓声が上がる、たしかに美味しいけど・・・恥ずかしい。


(やっぱり、ちゃんと香辛料が使われている・・・)


塩、胡椒を始め各種スパイス類・・・

それらが庶民に手が出せる価格なのはもう間違いないだろう。



食事の間、お金についても教わった。

主に使われるのは銅貨と銀貨・・・金貨は大口の取引用といった具合で、ほとんど使われていない。

価値的には銅貨一枚で100円、銀貨は5000円といったところか・・・

それ以下の端数もなく、割と感覚でやり取りされているように感じられた。


3人分の食事で銅貨30枚・・・ボリュームも味も大満足だった。

食事を終えて、そろそろ店を出ようかと思ったその時・・・

新たに店に入ってきた一人の人物に、客の視線が集まった・・・その人物は・・・


「あ・・・昨日の・・・」


その人物にマユミは見覚えがあった。

そう・・・彼は昨日、侯爵の屋敷に呼ばれてきた・・・色々あってキャンセルされた・・・

あの、吟遊詩人だった。

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