第15話 その演目は超有名なあれです

「澄んだ水は良い魚を育てると言います・・・美味しい魚料理を召し上がっているお客様もいるのではないでしょうか?」


ここは女神の酒樽亭。

店内の一角・・・あらかじめ用意されていたのか、そこだけ何もない空間へ歩みを進めながら・・・その吟遊詩人は語り出した。


「本日語るは剣聖ノブツナと魔術師イレーヌ・・・そんな魚と水に例えられし二人の物語でございます」


そんな前口上の後、彼はそのギターに似た弦楽器を爪弾いた・・・

ボロロン・・・やや低音の弦の音が店内に響く。


「ノブツナとイレーヌ・・・人気の高い定番の話ですね」


吟遊詩人の邪魔にならぬよう小声でゲオルグが説明する。

エレスナーデは英雄の話には興味がないのか、つまらなそうな顔をしていた。

マユミはというと、吟遊詩人の方へ向き直り、しっかりと聞く体制に入った。


(たしか、声優に似ているってゲオルグが言ってた・・・何か参考になるかも知れない・・・)


語りが始まった・・・

数百年前、最強の戦士と謳われた剣聖ノブツナではあったが、こと魔術についてはからっきし・・・魔術師相手の戦闘を苦手としていた。

修行の旅のさなか、賊の討伐依頼を引き受けたノブツナだったが、賊の中にいた魔術師によって窮地に立たされてしまう・・・そこに現れたのが魔術師イレーヌ・・・後に彼の生涯のパートナーとなる女性である。

彼女の協力の下で、対魔術師用の剣術を編み出したノブツナは見事賊を討伐。

その後、真なる陰流・・・真陰流を名乗ったノブツナは各地を転戦、無敗の伝説を打ち立てる事になる・・・その傍らには常にイレーヌの姿があった。

本来魔術師は安全な後方から支援するものだが、ノブツナの傍が最も安全だと彼女は語ったという・・・


始めはつまらなそうにしていたエレスナーデだったが、恋愛ものとしても聞ける話に興味を示したらしく、途中からは素直に聞き入っていた。

やはりゲオルグはこういうのが大好きらしい、少年のような瞳をして聞いている。

そしてマユミは・・・


(歌かと思ったけどナレーションなんだ・・・)


冷静に分析していた・・・

楽器による演奏はあくまでBGMとして用いられ、歌うようなことはなかった。

場面に合わせて曲調を変えるなど、高度な演奏技術が必要そうに見えるが・・・

楽器さえどうにかなれば・・・最低限の演奏さえ出来れば・・・


「これなら、私でも出来そう・・・」


ついポロッっと出たマユミのその一言は・・・

ちょうど語りを終え、演奏が止まった後の静寂・・・本来なら数秒後に拍手喝采というタイミングで・・・本人が思ったよりも大きな声で・・・店内に響き渡った・・・


「アハハッ、ずいぶんと面白い事言うじゃないか、お嬢様」

「えっ・・・あ・・・」


気付いた時にはもう遅かった、客の視線がマユミに集中していた。

感動の余韻をぶち壊されたからだろう・・・その視線からは少なからず険悪なものを感じる。

客の気配を察したリタは「何もわかってないお嬢様の戯言」として一笑に伏す事で場を紛らわそうとする。

だがマユミは正直に、自分が考えた事を口にした・・・


「や、楽器は触ったこともないし、演奏とか出来ないです。

でもそこさえ何とかなれば・・・歌じゃないし、やれるかなって・・・」

「歌じゃない・・・だと・・・」


その発言に吟遊詩人が反応する。

吟遊詩人による演奏や語り・・・これらをひっくるめて「歌」と呼ぶのだが・・・

マユミにとっての歌はメロディーのある歌唱だ・・・さっきのは歌じゃない、心の底からそう思っていた。


「えっ・・・歌じゃない・・・よね?」


同意を求めるマユミだが、冷たい視線が返ってくるのみだった。

エレスナーデとゲオルグは、頭を抱えていた・・・

そんな周囲の反応を見てマユミもようやく気付く・・・「歌」に対する認識の違いを・・・


「何も知らないお嬢様と思ったが、さすがにそれは聞き捨てならないな・・・いいだろう・・・やれるって言うならやって見せてもらおうじゃないか、お前の歌ってやつを」


吟遊詩人のその提案に歓声を以って客たちが答える。


「さすがにこうなっちまったら、アタシでも庇いきれないよ・・・どうする?ごめんなさいは出来るかい?」


素直に謝るなら今だとリタが勧めてくる最中・・・マユミは考えていた。

この状況をどうやって切り抜けるか・・・ではない。


(この人達にはどんな話が受けるかな・・・ナーデに本を借りる?でもそれだと覚えるのに時間が掛かり過ぎるか・・・元の世界の話で何かないかな・・・「ロリ婚」はさすがにないよね・・・)


この場で、何をやるのか・・・演目についてだった。

せっかく声優としてやれそうな仕事を見つけたのだ・・・このチャンスを逃すつもりはなかった。

しかし何をやるか・・・なかなか考えが纏まらない。


「ごめんなさいも教わってないのかい?」

「お姫様みたいな格好してこの子は・・・」


突っ立ったまま考え事を続けるマユミにそんなヤジが飛んでくる・・・


(お姫様みたいな恰好って・・・それはナーデが・・・あれ・・・そういえばそんな話が・・・)


・・・現実世界で超有名な「あの話」を思い出した。

台本という形ではないものの、だいたいの話は知っていて・・・おそらくマユミも語る事が出来る。

問題はこの世界での魔法の認識だが・・・魔術師というのはそんなにいないらしい・・・いけるか?


「ちょっと準備とか練習とかしたいので、お時間もらえますか?ここって夜やってます?」


一瞬の間の後・・・


「こいつぁ驚いた!」

「やる気なのかいお嬢ちゃん」

「無理したって恥かくぞ」


周囲に飛び交うからかいの声・・・だがマユミは動じない。

そんなマユミの様子に本気を感じ取ったのかリタは答える。


「ああ、夜もやってるよ・・・でも本当に大丈夫かい?」

「はい・・・ただ、楽器の演奏だけは無理なんですけど・・・」

「それなら俺が弾いてやろう・・・楽器だけ、な」

「えっ・・・良いんですか?」

「ここで逃げないのが気に入った、せいぜい特等席で恥かくところを見せてもらうとするさ」


そう言ってほくそ笑んで見せる吟遊詩人・・・その演奏の腕は確かだ、きっと即興で演奏するくらい出来てしまうのだろう。


「では夜にまたここで・・・」


そうと決まれば話は早い、店を出て歩き出すマユミ。

この事態についていけないまま、ゲオルグとエレスナーデが追いかける。


「ちょっとマユミ!」

「あー、二人ともごめんなさい、急に予定変更しちゃって・・・」

「いや、それは構わないのですが・・・」

「それより・・・あんな事言って大丈夫なの?」

「それなんだけど・・・ナーデ、ちょっと手伝って貰っていいかな?」


少々ぶっつけになるが、マユミに勝算はあった・・・

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