第9話「気づき」
「エルン! もう一度キスだ!」
襲い来るゴブリン三匹を粉微塵にした後、俺はエルンにそう叫んだ。
俺の言葉にエルンはワナワナと唇を震わせて言った。
「キスって言っちゃってるじゃないですか!? なんなんですか!? 人工呼吸っていう設定は一体どこに行ったんですか!? もうアベルさんも面倒くさくなってきてますよね!? ええ、分かってましたとも、わたしの初キスがなんか適当に消費されてしまったことくらい! でもせめて人工呼吸だったっていう設定くらい貫き通して欲しかったですね……!」
……何言ってるんだ、エルンは?
「いや、あれは普通にキスだろ。てか人工呼吸は普通にキスだろ」
「さっきと今で言ってることが全く違うんですが!? さっきキスじゃなくて人工呼吸だって言ってましたよね?」
「言ったっけ?」
「言ってましたよ! そりゃもう、忘れられないくらいキリッとした表情で、『いや、これはキスじゃなくて人工呼吸だ』って言ってましたよ!」
「……んー、ああ、確かに言ってたかもなぁ。でもよくよく考えたら普通にこれ、キスだろ。唇と唇が合わさってるんだし」
俺が言うとエルンは頭を抱えてしまった。
なにやら悪いことを言ってしまったみたいだ。
「なんかすまん」
「……ここまで気持ちのこもってない謝罪は初めて聞きました」
「思ってるよ、ごめんって」
「そうですか……。ってことはあれですか、なんでわたしが落ち込んでるのか理解できてないってことですか」
まあ……そういうことになるな。
流石にそれは口にはしないけど。
「もう良いです。どうせわたしは今日で死ぬ運命だったんですから」
「……ん? 死ぬ?」
それはおかしい。
何故ならゲームのストーリーではエルンは悪役として登場して、俺が死んだ後に悪役として処刑されるのだから。
そして彼女の死が、このゲームの明るい序盤から一変して鬱ゲーとしての本領を発揮するターニングポイントとなる。
だからエルンはそれまで生きていないとおかしいし、今すぐ死ぬことはあり得ない。
ってことは、考えられることとして、エルンは今日のことでは死なず、ただ悪役として闇堕ちするだけだった説。
だとすれば、俺の行動によってストーリーが逸れていっている可能性もあるな。
そこまで考えて、俺は強烈な違和感を覚えた。
いつものあれだ。
なんだ、今回の違和感はどこにある……?
……もしかして。
今日、俺がここに来たこと。
そしてエルンと出会ったこと。
それらは俺が自分の直感に従って来ていたと思っていた。
しかし直感——つまり俺が感じていた勘はすべて何者かが俺に植え付けていたモノだった可能性がある。
つまり自分の勘に従って選択しているように思っていたが、その勘を他人に操作されることによって、行動自体すらも操られていたのではないか?
誰が、なんのために、どうやってそうしたのかは分からない。
だが仮定としてそうだとすれば、俺がここに来たこと、エルンに出会ったこと、エルンを助けたこと、そしてエルンと二層に向かっていることはすべてその人物の想定通りってことになる。
もしかしたら俺の感じていた勘は、人物によるものではなく、ストーリーを修正する何らかの力なのかもしれない。
それは分からない。
だが、今、俺は安易に行動を起こすのは悪手かもしれない。
……いや、待てよ?
だったら、さっき感じた違和感はなんだ?
あの違和感は、今はもう薄まってきている。
ってことは、先ほどの違和感は今気がついたことを気がつかせるために与えられたものだと考えていい。
だとすれば、俺が感じていた勘と違和感は全くの別物なのではないか?
それに気がついた途端、感じていた違和感はふと消え去った。
……やっぱり。
どちらを信じて行動すれば良いのか。
どちらが俺にとって味方なのか。
ゲームのストーリーの記憶が曖昧な今、それすらも分からなかった。
しかし今は勘にも違和感にも頼らずに自分で行動を選んでいくしかない。
それこそが生存への道だと信じて。
「あのぉ……いきなり難しい顔して、どうしたんですか……? ええと、わたしの先ほどの話は、適当に聞き流してもらって良かったのですけども……」
不安そうに尋ねてくるエルン。
彼女は自分が先ほど言ってしまった言葉で俺が考え込んでしまったと思ったらしい。
まあ、近いっちゃ近いけど。
でもそれが完全なる原因ではない。
俺は首を横に振って言った。
「いや、大丈夫だ。俺はそこまでお前に興味を持っていない」
「うっ……! そ、そうですよね……! すいません、わたしの自意識過剰でした……!」
「それで? 何で今日で死ぬ運命だったんだ?」
俺が尋ねると傷ついた表情をしていたエルンは、すぐに嬉しそうな表情になった。
「なるほど……! やっぱりアベルさんはツンデレですね! ふんふん、興味ないとか言いながらすぐに理由を聞いてくるあたり、かなりの筋金入りのツンデレだと見ました!」
「下らんこと言ってないで答えろ」
俺が言うとエルンはやれやれ仕方がないなといった風に首を横に振って答えた。
「仕方がないですねぇ……そこまで気になるなら教えてあげましょう! そもそも、わたしたちの年齢で一人でダンジョンに潜るのっておかしいと思いませんか?」
「そりゃそうだな」
「でしょう? まあアベルさんは死ぬほど強いので問題ないと思いますが、わたしが一人で来て生きて帰れると思いますか?」
「確かに無理だな。絶対に一秒で死ぬ」
「……もうちょっと生き延びると思うんですけどね、わたしだって! 意外としぶといんですよ、わたし!」
「そうだな、ゴキブリ並みにしぶとそうだ」
「いちいち毒を吐かないと気が済まないんですか、貴方は!?」
叫んだ後、エルンはゴホンと咳払いをして話を元に戻した。
賢明な判断だ。
「まあともかく、わたしみたいなのが一人でダンジョンに放り込まれたら間違いなく死にます。その時点で殺しに来てるってことです」
「なるほどな。それで? 誰に放り込まれたんだ?」
「そりゃ決まってますよ。わたしの保護者……つまりは研究所の人間です」
そうか。
……思い出した。
そうだった。
このゲームの序盤の敵。
それはサクラダエルン研究所だ。
エルンという魔導超人を密かに研究、開発し、この迷宮都市の外に出ることを目標に掲げる研究所だ。
俺の記憶によれば、迷宮都市の城壁の外は、迷宮のおよそ五十層の魔物を超える強さだとされていたはず。
つまりそれは、現状27層までしか攻略できていない人類では、外に出られないということだった。
サクラダエルン研究所はその外の魔物を倒せるほど強い魔導人形を作るべく研究を重ねている。
その完成形を魔導超人、通称エルンと呼んでいた。
だから、もしかすると、ゲームに出てくるエルンとこのエルンは全くの別物である可能性すらある。
そしてこのエルンは今日ここで死ぬストーリーだったのではないかと。
しかしそうすると、俺がここでこのエルンと出会う理由がよく分からない。
勘はこのエルンに出会うよう誘導してきて、違和感はこのエルンを助けるように誘導してきた。
ストーリーには全く関係なさそうな個体なのに。
もしくはストーリーと同一個体であり、実は関係があったとか……?
分からなすぎる。
何も分からない。
だが唯一分かることは、現実で起こった事実と俺が悩み導き出すための思考だけが信じられるものだということだった。
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転生モブが最強に成り上がるまで~序盤で死ぬ鬱ゲーの悪役キャラに転生した俺は、生き残るためにストーリーそっちのけで鍛えまくる~ AteRa @Ate_Ra
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