第7話
リサーチルームから、コントロールデッキに上がる。
すると、エイプリルがナインズになにかを訴えているようだった。
「ナインズちゃん。あの女性にわたしたちの正体ばれてるよね、これ」
「なにがわかったの?」
ぼくは、エイプリルに慌てている理由を確認する。
「あの女性の言っていた言葉だよ。逆旅なんちゃら。あれって、天地はあらゆるものを迎え入れる旅の宿のようなものであり、 時の流れは永遠の旅人っていう意味なんだって」
「そこから正体バレまでつながるかな?」
「これ、大人のレディが駆け引きにつかう匂わせってやつだよ。ウィルくん」
エイプリルが薄い胸をはって言う。
「梧葉家の血筋であるという名乗りが本当ならば、可能性はあると思います」
ナインズはエイプリルの仮説を支持する。静かに続けて言った。
「バイスバーサ。逆もまた然りです我々があの方の意思を類推できるのと同じように、あの方が我々の狙いを類推できる」
『情報の空白』という考え方がある。知っている事と、知らないことの間にある状態こそ、経験の変質が起きやすいというものだ。ヒトは全く知らないものには興味を持てない。少し知っているくらいの方が好奇心もわきやすいという。
「ぼくたちは、絶妙にお互いのことを知っているし、知らない。けれど、だからこそ可能性の思考を広げることが出来る、か」
「わたし、思うんだ。知っていたら何を狙うか、わたしたちの船はたぶんちゃんと外形を分析したらこの時代にそぐわないもの出てくると思う。アエバの名前も名乗ってるしね。だから、相手が知っている前提で何を狙うかを考えた方がいい」
真剣な表情で一息に言い切るエイプリルにぼくは頷いて、自分の調べたことをひとしきり話す。
「ひとまず、相手の素性でわかることはこんなところ。あと、九枝葉の家の件はどこまでわかった?」
「それが、しばらくはあのウィアベルさんてヒトの御家のお披露目写真なんかもあるんだけど、あるタイミングからなくなるんだ。だいたい成人の儀くらいから」
「そのあたりで家を出奔したかってところなのかな」
エイプリルが先ほどから何か言いにくいことを避けるために、遠回しに何かを伝えてこようとしていることに気づきつつ、ぼくは表面的な応答を続ける。真意が奈辺にあるか、わからなかったから。
「そうだと思う。というよりも、御家自体がいろいろあって一線を退いたみたい」
「そんなこともあるんだ」
ぼくの言葉を受けて、今度こそ黙りこくる。やはりなにか嫌な事実を知ったのだろうなと思い、シルヴィかナインズ経由で効こうと口を開こうとする。その前に、エイプリルが意を決したように口を開いた。
「双子の女児だったらしいんだ。あのウィアベルさん」
双子というところに古い記憶が刺激される。魔女の家は古い時代は、双子を忌み子としたという。それは魔法の伝承の為であるというけれど、古い習慣のハズだった。
「え、でもさ。魔女の家の双子だからって、片方いないことにするみたいな話ってもうだいぶ古い歴史の片隅の話じゃないの……」
ぼくは動揺しつつ、言葉を発するもののやはり言葉はしりすぼみになる。
「たぶん違ったんだと思う。一人は人格を記憶構造体にコピーされて、仮想人格としてしか生きられなくなったみたい」
エイプリルが言葉少なにそう補足した。
「救われないね」
ぼくはなんて言っていいのか、とっさに浮かんでこなかった。だから、口にできたのは当たり障りのない言葉。
ナインズがそっとぼくと、エイプリルを抱き寄せるぎゅっとハグをしてくれる
「それでも、あのヒトはここにいる。だから、私達もどう応じるか、決めねばなりません」
ゆっくりと、噛んで含めるようにナインズは優しい声音でいう。
「思考は言葉に、言葉は行動に、行動は習慣に、習慣は性格に、性格は運命に。古い修道女の言葉です。ウィル、エイプリル。御家柄もあり、これからもたくさんの悲劇をあなたたちは見る事になると思います」
ぼくたちは彼女の胸の中で続きを聞く。
「何を考え、どう口にし、それを元に動き、日々を過ごすか。それが未来のあなたたちを形作ります。御家の家訓はその導きにはなるでしょう。でも、最後に決めるのはあなたたち自身です。あなたちが歩んだ先に道はできます。後戻りもできるでしょう。でも、道が確かにできたことは変わらないんです。だから、誰にでもあるはじまりは、貫き通すだけの考えをもってはじめてほしい。それが私がいま、あたなたに贈ることのできる言葉です」
ナインズの胸に、エイプリルと共に抱かれながらぼくはひとつの意思決定をした。
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