第6話

 ぼくは、シルヴィのリサーチルーム用仮想人格の補助をもらいながら、情報を探し始める。

 コロニーの情報自体はすぐに見つかった。どうやら、あのコロニーはある種の歴史遺産でもあるらしい。

 アローン・エイジの末期になると人類圏というものがどこかあやふやになってくる。コロニーの建造技術が独占されているわけでもなく、宇宙船も形や制御方式に差異はあれど、すでに数万隻は運用されていた。だから、その気になれば宇宙の広い果てへ飛び出していくこともできたのだ。


$Silvi$ 『解析結果』該当コロニーは警固屋守により建造整備されたもの。呼称は筑紫。かつての人類圏の果てとされた場所です。


 静かにシルヴィが表示したテキストと、関連度の高い当時の関連ニュースの画像をぼくは眺める。


「あのコロニーは警固屋守のもの、か」


 日本地区、この時代では日本の九州地方には警固神社というものがあるという。八十禍津日神というある種の穢れをつかさどる神を奉り、厄除けに効果を発揮したという神社だ。

 その流れを組む一派が、宇宙に進出する際、内と外とを別つ祭神として持ち出し、警固屋守というコロニーを作り上げた。

 通常コロニーは、所得税・特別宇宙開拓所得税・住民税・宇宙安定維持税など各種租税がとられる。一方で警固屋守は人類の進出限界線にある神社であり、宗教施設である為、一部の租税が回避できるというスキームが存在した。

 この時代、後に来る大分散時代の萌芽があちらこちらにあったという。日々伸長していく太陽系外航行用の宇宙関連技術、バイオテクノロジーによる不老長寿化、人工知能のシンギュラリティ化などだ。祭りの前夜という風情で、消費活動や投資活動も活発化していたという。それこそ、およそ半年のバカンスを取得して宇宙の果て、月面、地球の夫婦それぞれの出身地と四か所で結婚式を挙げる若手カップルが多かったようで、警固屋守はそうした需要を取り込んでいた。要は、気軽に人類のまだ進出していない土地であるノーマンズランドを見渡し、前途洋々たる若人の道行きを祝福するという話らしい。ナインズからはお金と行動力のあるバカップルもいるのですが、大半はヤングエリートたちでしたと補足を受けたことを覚えている。


$Silvi$ 『補足情報』この当時、世界各国は持続可能な開発を掲げた条約ルビコンじょうやくによって、勢力圏を十二年単位でしか拡張できなくなりました。


 十二年間。その場で建造したのか、ゆっくり動かしてきたのかそれは調べればわかることだけれど、それくらいの期間だけ人類の進出した果てだった場所だということに、ぼくは何故だか頭を垂れたくなった。

 心に浮かんだことばに最も近いのは、おつかれさま、だろうか。


「シルヴィ。世の中には、三つの価値があるというよね」


$Silvi$ マーケティングの観点であれば、社会的価値、情緒的価値、機能的価値と推測。


「そうそう。人類の防人であったという社会的な価値、人の見果てぬ夢の最先端だという情緒的価値、ならここにあった機能的価値はなんだろう。宗教施設だから、武装なんてほとんどないでしょ」


$Silvi$ 『推定情報』宇宙望遠鏡が搭載されていたという情報があります。


「宇宙望遠鏡での観測か。いいことだけど」


 今回の件になんの因果があるのだろうか、そういう意味を込めてつぶやく。


$Silvi$ 『補足情報』アエバ家のアーカイブインデックスにて、『筑紫』に関する覚書を発見しています。読み上げますか?


「お願いします」


$Silvi$ 『補足情報』梧葉系の企業からアエバ家の傘下企業に対して、深宇宙でのダイソン・スウォーム建造コストや物資調達についてのコンサルティングならびにPoCの依頼がありました。


 ぼくは二重に驚く。そんな情報が家のアーカイブにあったのかという部分と、シルヴィがそんな情報まで閲覧可能なのかという部分と。

 PoCがどこまでを指すのかは分からないもののの、魔女の御家と九枝葉間であれば、慣習的に秘匿度は高くなる為依頼したのだろう。それが家のアーカイブに残されていていいのかというコンプライアンスの問題は気になったけれど、ひとまず無視することにした。


「宇宙望遠鏡との関連度は低そうにみえるけれど、どういうつながりだろう」


$Silvi$ 『推定情報』案件の報告レポートは要旨のみ閲覧可能でしたが、世代を跨ぐ建造になる為、各種通信方式によるコントロールは手段として保持するも、宇宙望遠鏡による『過去』の観測に応じて、修正パッチを配信できるコントロールマシンを現場に投射するという案が記載されております。


 いろいろと情報が多いなとぼくは思った。古典SFや、新々モダン古典SF小説が好きで、前者ならジェイムズ・P・ホーガン先生、後者なら小川一水先生を推すぼくでも少し考える時間が必要だった。

 結局、警固屋守に協力者がいるか、あるいは利用した梧葉家がダイソンスフィアを人類圏外で作ろうとしている、あるいはしていたということが今時点の仮説だろうか。


「PoCはどこまでいったのだろう。あと、その後現実に着手された?」


$Silvi$ 『推定情報』PoC自体はダイソン・リングをごく小規模・限定的に作成することに成功しているようです。俗にいう『プロキシマの環』に近しいものを小惑星帯の小惑星複数で生成に成功しています。


「しかし、なんでっていうのもあまり意味がないことかもしれないけど。なんでそんなこと」


$Silvi$ 『推定情報』 地球外知的生命体探査(SETI)計画などによる露見の可能性を下げようとした可能性はあります。『筑紫』の宇宙望遠鏡や関連設備は当然、人類圏内における他の宇宙望遠鏡よりも優位な立場を占めています。情報をコントロールすることで、小惑星帯への観測計画に一定の影響を及ぼすことが可能


「なるほどね、そろそろ時間か。エイプリルと合流しなくちゃ」


 時間を見ると、もうすぐエイプリルとの約束の時間になろうとしているところだった。

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