第5話
「おっつー、ウィル。結構がちがちだったじゃん」
振り向くとエイプリルが両手にボトルドリンクをもってこちらにふよふよと飛んでくるところだった。コントロールデッキは、重力が存在している為、できるだけエイプリルの慣性を受け流すようにして、抱き留めて下ろす。
どうぞ、とエイプリルに差し出されたボトルドリンクに口をつける。中身は温かいハーブティーだ。
「のどが意外とからからになっていた。ありがとう、エイプリル」
「どういたしまして」
エイプリルもドリンクを一口飲み、ぼくの言葉に笑顔で頷く。それから、何かに気づいたようにエイプリルは先ほどの感想を口にする。
「それにしてもさ、助けてあげようかってつうしんしてきた女のヒトと、あの出てきたヒト、声は同じだったけどイントネーションというのかな、ちょっと違ったね」
「私も同感です」
エイプリルの言葉に応じる形で、それまで黙っていたナインズが声を上げる。ぼくも同様の感想を覚えていた。
最初の通信では助けてあげるだったのが、実際に顔をあわせての通信では助けてほしいというのだからどこかあべこべだ。
そんなことを考えていると、ナインズが続けて衝撃的なことを口にした。
「それに梧葉というファミリーネームは聞いたことがあります」
「ナインズの情報を踏まえたら、ひょっとするとあの方の目的が推察できたりするんだろうか?」
「いえ、それほど大した情報では。梧葉の家は地球時代のアエバ家、つまり饗庭家と深い関係のある御家だったかと」
「いわゆる金枝篇と九枝葉関係ですよね」
「ご賢察の通りです」
ぽんぽんと進む会話にエイプリルは一人取り残されてるのが明白だった。首が三十度くらい曲がって唇がわざとやっているとしか思えない形に変化しているからだ。
「エイプリル」
「ん、なに。ウィル」
「解説、いるでしょ」
「え、いましてくれるの。急ぎなら後でもいいんだけど」
どちらにせよエイプリルは解説をぼくにさせるつもりだったらしい。
「金枝篇は王と司祭と民衆のおとぎ話なんだ。一応、創作。ところどころ本物」
「うちと関係するってコトは、御先祖さまがでてくるとか?」
エイプリルは話の要諦をつかむのは早いんだよなと思いながら、ぼくは頷く。話そうとしていた順番を入れ替えて、エイプリルの興味関心を解消するところから語りを続ける。
「司祭が魔女の家のことだね。だから正確にはうちのご先祖さま含む魔女家系のことを示しているんだよ」
ぼくの説明を聞いているのか、聞いていないのかエイプリルはふーんという表情を浮かべている。エイプリルは一応話は聞いてみたいものの、この話にそこまで興味があるわけではなさそうだった。
そう思っていると、ぽつりとエイプリルがつぶやく。
「王様は?」
王様。王家。ノーブルブラッドというよく物語の中でうたわれるような存在がいる。けれど、同じ名前を冠しているけれど金枝篇ではそういう存在ではない。どちらかといえば、英雄とか勇者が近いだろうとぼくは思う。
「王様はなんかね、金の枝を折って持ち帰った人」
「え、なにそれ」
「とある国の話だけどさ、人は誰しも生きていたら当時というか物語の都合というかだけどいずれ死んでしまうじゃない。それで、王様が死んでしまうような場合、戦争とか政争とか不慮の事故とか、暗殺とか暗闘とか暗躍とかあるじゃない」
「説明の仕方にウィルのそこはかとないアイロニーを感じるけど、そこまではわかったよ。あとは民衆だね」
「民衆の中から王が生まれる。司祭からは生まれないんだ」
「なんだか含蓄がありそうで、なさそうなお話だね。登場人物たちはわかったけど、どういうオチなの? その金枝篇のお話」
「司祭が聖なるものか魔なるものか定かではないけど木を守っていてね。その枝を持っている人が王様、でもまあいろいろあると民衆の中から若者が出て枝を切り取って次の王になるってお話」
「ものっそ、シンプル。なんというか、シンプルだね」
エイプリルの素直な反応を楽しみながら、ぼくは続きを話す。
「これが冒頭の十行とかだったかな」
「え、全部でどれくらいあるの。というか物語終わってるよね。短編連作? 過去の掘り下げ回? それとも、自作内でサブキャラに焦点あてたスピンオフとか?」
「全部で五巻。ちゃんと各巻薄い本じゃなくて、分厚い数百ページはある感じの体裁」
「え、ウィルって薄い本興味あるの」
脱線しようとするエイプリルを制して、話を本筋に戻す。
「結構話してきたから、忘れていたかもしれないけどあの女性、梧葉さんの話をするよ」
「はーい」
「九枝葉は作中で魔女の家に使えたり、協力関係を結んでいた家のことだね。そのひとつがあの人のファミリーネームに該当するんじゃないかって話」
「偶然という可能性も?」
「あるかもしれない」
むずかしいねぇと二人でぼくはエイプリルと顔を見合わせる。すると、ナインズが口を開いた。ぼくとエイプリルはナインズの方を向き直る。
「偶然という可能性は限りなく低いかと思われます」
どこか悩まし気な表情を浮かべながらも、ナインズは確たる声で告げる。その様は、どこか珍しい。ナインズは大抵は歯に衣着せぬ言い方をするからだ。
ぼくと同じ感想だったのか、エイプリルがナインズに問いかける。
「ナインズちゃん、なにかあるの?」
エイプリルの問いにナインズは頷いて、こちらをご覧くださいと前方を指さした。
「シルヴィ、すみませんが先ほどの通信の末尾十秒ほどをスロー再生お願いします」
シルヴィがコントロールデッキのメインウインドウに先ほどの会話の一部分を投影する。
すると、映像が途切れる前まで梧葉さんは何かをつぶやいている様子が投影される。
「これ、なにかいっているのはわかるけど。なんて言っているんだろうね」
エイプリルの言葉に頷いて、ナインズが追加で指示を出す。ぼくは、なんらかのサポートを受けずに素体で見切ったのかとナインズの目の良さ、あるいは耳の良さに改めて驚く。
「シルヴィ、補正処理お願いします。音声だけで大丈夫です。ウィル様と、エイプリル様が判別できるように」
特に詳細な要望を口に出さなくても、うまいこと処理して甘やかしてくれるのがシルヴィのいいところだ。ナインズのリクエストに沿って再度、投影映像が再生される。キャプション付きでシルヴィの芸の細かさがうかがえる。
『階前の梧葉すでに秋声』
何をいっていたのかはキャプション付きである為、これ以上ないくらいに明白だ。けれど、故事来歴がある言葉なのか、あまり言葉面になじみはない。何かしらの意味があるだろう言葉の羅列を見ながら、ナインズに続きを促す。
「これは、地球の古い中央集権国家の七言絶句詩に由来を持つ言葉です。意味は、月日の早くたつことを表しています」
ナインズはそう言ってから、口を閉ざす。ぼくとエイプリルをお得意のアルカイックスマイルで交互に見比べて、ひとつ頷いた。
これはナインズの癖というか、ぼくたちとナインズとの数ある約束事の一つだ。今回でいうと、約束事はぼくたちの独力で課題への問いを立てるか、ナインズの立てた問いへ回答の道筋をつけること。今回は後者だから、幾分か簡単ではある。
「まだ話の全体像が見えないな。ナインズがまだ開示していない情報があるのかな、あるいはぼくたちが気づけていない情報とかね」
話しながら頭を巡らせるも、なにか意味ありげなことを言っていただろうか。梧葉さんとの会話をぼくは思いめぐらす。
時間があるとき、ナインズはチューターとしての側面を見せて、ぼくやエイプリルを試す。試すといっても、方針の導き出し方やふるまい方をどこに出しても恥ずかしくないように思考ができるか、という観点からの意図だと理解している。
だから別に苦ではない。けれど、ぼくが幼少のみぎりからずっとそばにいたこの人と肩を並べ、同じ視点を持つことが出来るのはいつになるのだろうか、とふと思う時がある。
ひとまず、目の前の課題に対して思考を巡らせようと思ったところで、つんつんと肩をつつかれる。エイプリルだ。
「ねぇ、ウィル。わたし、いまいちわかってないんだけどさ。逆旅なんたらっていう表現あんまり聞いたことないよね」
「そういえば、わりと軽く流してたけど。調べないとね、そのあたりも」
当たり前のように、当たり前のことをする。あるいは、できる。それが、エイプリルの強みだとぼくは思う。
わからないことを、わからないといい。調べるべき問を立てて、地道に進めることにかけてぼくはエイプリルに敵わない。
だから、ぼくはぼくで出来ることをしようと思う。
「オッケー、用語関係と九枝葉関係はわたしが調べるからさ。ウィルはコロニーの来歴とかの線からあたってよ。それから一緒に解法の筋道立てよ」
エイプリルに対して頷きながら、ぼくは応じた。エイプリルからもらったものに常に何かを加えて打ち返す。エイプリルもそれを受けて、別の価値を付与する。そうして、ラリーをしながらひとまずの仮説を導き出すのがぼくたちのやり方だった。
「三十分後に再度対面会議だね。ついでに今時点の一通りの情報をシルヴィに入力して、壁打ちようの仮想演算人格切り出してもらうよ」
ぼくの言葉に手をひらひらと振ってエイプリルは階下へと降りて行った。
「わかったよ。じゃあ、潜るね」
潜るというのはエイプリル風にいうのであれば、船内のリサーチルームにこもるということだ。きっと、すぐに仮想ホワイトボードがいろいろな線や図形で埋まり始める事だろう。
ぼくももう一つのリサーチルームに入ることにする。
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