第4話

 ――唐突に通信が入った。


『ねぇ、助けてあげましょうか』


 突然の通信にナインズもぼくも、もちろんエイプリルも驚いて一瞬固まる。すると、傍に控えていたシルヴィの船内活動用の人型オペレーションモデルが淡々と補足する。


『国際救難チャンネル周波数の為、自動受話状態で再生されました。非リアルタイム通信です』


 通信プロトコル自体はぼくたちのいた時代とこの時代とで百年の歳月で隔世の間がある。だから、通常通信しあえる他船は存在しえないが、この船は旧式の通信プロトコルも装備してはいる。けれど不測の事態を避ける為、現在は自閉モードで通信を閉ざしていた筈だった。

 けれど、国際救難チャンネルは条約上の要求で自閉モードでも受信することが義務づけられていたっけ、とぼくは昔受講した船舶基礎管理免許の知識を思い出す。

 シルヴィの補足を受けてひとまず気になったことは解消したものの疑問はまだ残っていた。理由と何故いまなのかというポイントだ。


『次は何故、どうして、と聞くのでしょうけれど。私にも事情があるのです。通信回線を開いていただけないかしら?』


 そんな逡巡を見透かすように次の通信が届けられる。


「シルヴィ、相手の船の捕捉は出来ていますか?」

『ナインズ、現在当船の検知範囲には他船は存在しません。廃棄コロニーのコントロールルームから救難信号自体は発信されています。いま、過去に主流であった一般回線プロトコルでのコンタクトが来ておりますが、どうなさいますか』


「なんだか、おもしろそうだね。ウィル、コールでちゃいなよ」


 目をキラキラさせたエイプリルに、ぼくはほっぺたをつんつんされる。ぼくはエイプリルになすがままにされながらも、とりとめのないことを口にしながら少し考えをめぐらせた。


「エイプリルって、わりと愉快犯だよね」

「だって、冒険の予感がしない?」


 つんつんをつづけるエイプリルを無視して、ぼくは先ほどから黙っているナインズの方を見遣る。ナインズは黙ったまま、視線だけをせわしなく動かしている。ぼくがみるところでは、ナインズの視線が結ばれる焦点はぼくやエイプリル、それから宇宙船よりももっと近距離に向けたものに見えた。おそらく、なにかの資料をARビューで探しているのだろう。


「ナインズ、さっき言っていた三つの選択肢、手短にお願いします」


 ナインズはお目付け役と世話係としてここにいる。だから、意思決定はぼくとエイプリルでする必要があるのだ。その為の材料を集めたいという意思を込めてナインズに問う。



 謎の女性からの通信があった数分後。

 ぼくはナインズ、エイプリルとともにコントロールブリッジに上がった。

 ぼくたちの乗る船はもともと6人乗りの為、子供二人と大人二人であれば、広く感じられる。


「シルヴィ、録画手法は念の為多重化。ぼくは顔出しするけど船内の映像は全てカットで」


$Silvi$ 了解


 コントロールブリッジという名前ほど大層なものではないけれど、部屋は二段で構成されている。下段には三角形を描くような座席配置で三名が搭乗でき、上段とは左右の短い階段で行き来できる。上段はブリッジ直通エレベーターと船長席、それから左右三名ずつ横に座れる壁と一体化したベンチがある。

 ナインズとエイプリルはベンチ席に座っていざという時にサポートしてもらうことになっている。シルヴィたちがオペレータ席に座り相手との通信を繋ぐ準備を行う。


$Silvi$ いつでも、可能です


シルヴィからの応答を受けて、背後に座るエイプリル、ナインズの顔を見る。エイプリルはわくわくした表情をしており、ナインズは目を閉じて首肯した。

 ぼくは内心の緊張を意識して吐息に乗せるように吐き出す。それから、ゆっくりと呼吸をした。


「じゃあ、はじめようか。回線オープン」


$Silvi$ 了解。繋げます


 映像はすぐに繋がった。

 ブリッジの上部にいくつか存在するモニターに映し出されたのは、年若い女性だった。銀髪を肩くらいまで伸ばし、淡い青い目を讃えている。まだ未成年の僕やエイプリルよりは年上だけれど、成人したてくらいの外見にみえる。

 ただ、目だけは老練な猛禽類のように抜け目なくこちらの状況を見て取ろうとしているようだった。


「国際救難チャンネルを受信しました。こちらシルヴァン・クロウ号、ぼくは船長のウィル・アエバ。相互扶助の義務と意思をここに示します。当船はレベル五の医療資源、ならびに三百単位のライフエイドを提供可能です」

 

 レベル五の医療は緊急手術が必要な患者を複数同時に受入可能な水準を示す。地方病院相当の設備と人員をそろえていることを示す。

 ライフエイドは地球の時間単位でいう一日分の酸素と三食の食料、飲料水と衛生キットまで含めて一単位とした単位だ。

 宇宙服などを含めた広範な支援物資については、この船には積んでいないので提供が難しい。

 ぼくは一通り事前にそらんじていたセリフを言い終わると、相手の反応を待った。


「形式に沿ったご挨拶ありがとうございます。ウィアベル・梧葉と申します。失礼ですが、ずいぶんとお若いキャプテンでいらっしゃるのね。医療は不要です。ライフエイドを十単位提供いただけますと幸いです」


 くすくすとどこか猫を思わせる笑みを浮かべながら、通信相手の女性は返礼した。


「わかりました。お届け先は、あなたがいらっしゃるコロニーのコントロールルームでよろしいでしょうか?」

「ええ、そうしていただけると大変助かります。天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客と申しますが、袖振り合うも他生の縁ですね」


 表面的な言葉のやり取りから外れられない。それでも油断なくぼくは相手の表情や視線の動きから何か情報を得ようとするけれど、顔を合わせたといえど通信ではどうにも相手の本音のようなもののいったんでも引き出すことは叶わないようだった。


「すみません、お伺いしてもよろしいでしょうか」


 ぼくは演技はあまり得意なほうではないし、単刀直入にきいてみるのもいいかなと思い口を開こうとする。けれど、表情かなにかでそれを察したのか梧葉さんは少しだけ首を振る。


「疑問に思うことはたくさんあるかと思いますが、救難お待ちしております」


 最後に少しだけ間があって、回線は途切れた。

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